作 やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説 筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】 牛隈の賢の章“１”
| 牛隈の賢の章【目次】 |
ひと月が過ぎた、様々な憶測が店内を飛び交う。「家に隠ったままじゃない？」「もしかしたら・・・」Ｍ・ぼちゃんの安否を気遣い泣き出す女達。しかし、女達はＭ・ぼちゃんの本当の怖さを知らない。Ｎ組長に一歩も退ないＭ・ぼちゃんは、そんな柔な男ではない。店主は気付いていた。東洋人独特の愛想笑いの裏にあるＭ・ぼちゃんの恐ろしさに……。そんな店内の心配をよそにＭ・ぼちゃんは普段と変わりない生活を続けていた。「俺、昨日大将陣で見ましたよ、Ｍ・ぼちゃんの車！」 「久保代ダムに有ったらしいよ！」「八木山展望台じゃないと？」牛隈の賢が言った。 そういえば牛隈の賢に、こんにゃくの素晴らしさを教えたのも、Ｍボチャンだった。「人肌に暖めて使うんだぜ」 「ひ、人肌ですね」 ゆっくりと頷き、ウインクをしてみせたＭボチャンは、ひとつのミスを犯したことをこの時、気づかなかった。 胸おどらせ、丸和でこんにゃくを買って帰った牛隈の賢は、はやる気持ちを押さえ、電子レンジの扉を静かに開けた。 つづく
待つこと１分。 人肌に暖まったこんにゃくを、その両手でそっと包み取り、期待で今にも張り裂けんばかりになったモノを賢は、思いっきり突き入れた。「期待に反する」という言葉は、この場合適切ではない。 そういった思考をも停止させる事態が起きたことだけは、賢にはわかった。
次の瞬間、あたりに響いたのは歓喜の声ではなく、悲鳴だった。「うううあっちゃーーー！！！」 悲鳴の原因を説明する。電子レンジを使うと、外は人肌でも中は高温になるものなのだ。 少し考えれば分かりそうなものだが、思考が停止していたらしい。何事も焦りは禁物、牛隈の賢のモノはしばらくの間、排泄器官としてしか使用不可となったのである。 罪だぞＭボチャン！ 蛇足ながら辛子こんにゃくで、同じような目に遭った御仁がいることも、ここに付け加えておく。 つづく
牛隈の賢の期待は、大きな落胆へと変わった。「俺が望んでいたのはこんな痛みではない！」 股間の痛みをものともしない秘密の花園への憧れが、彼を性の狩人へと変えていった。古来より野望を持つ者に機動力を与えると動乱が起こる例え通り、ブルーバードＳＳＳを得た牛隈の賢も例外ではなかった。１３５馬力を絞り出すターボエンジンを装備した彼のマシンは、バスセンターへと侵略していった。ジージャンで身を包み、パッチを履いた賢は、レイバンで瞳を隠し、口元のマルボロからは紫煙をくゆらせながら、パワーウィンドウの窓を降ろし下校途中の女子校生に声をかけた。「なんしょーーん、あすこいこーや！」 「あすこ」とはどこだ？ 牛隈の賢！！！ つづく
解説しよう。「なんしよ〜〜ん」という言葉は当時、ナンパの常套句であった。知っての通り、ナンパは硬派から作られた造語だ。 時間的には、このナンパという言葉が出現する以前の話だ。 したがって、この「なんしよ〜〜〜ん」という言葉はこの時、相当にナウな言葉であったということが分かっていただけるだろう。 次に牛隈の賢が使った「あすこいこ〜」とは、当然「あそこに行こう」という意味だが、ダイレクトにそれを言うことで受けるであろう嫌悪感を、少しでも避けようという、牛隈きってのジゴロの瞬間の技が冴える一瞬だ。すざましいまでの閃光を放つ一言である。 ただ、「あすこ」の具体的な場所がホテルではなく、地元に湧き出る温泉小屋であったことが、彼の若さと言えるだろうが……。 牛隈の賢の話が一段落したので、次回は「いなぼー」の話をしたい。乞うご期待！！ つづく