作 やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説 筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】 いなぼーの章“１”
| いなぼーの章【１】【２】【目次】 |
「いなぼー」。このセンスを感じさせない名前の由来を、この男を語るときには、必ず言わなければならない。「昨日、集会があってですね……」 ある日、聞きもしない話を自慢げに話し始めたこの男は、頭をガチョウのくちばしのように固めた、いわゆるツッパリだった。それもかなり軽めの風だった。 それは見かけだけではなく、オツムもかなり軽めだ。 男が言った集会とは「族」、暴走族の集会のことだった。 「ほう、お前そんなもんに入っているんか？」 私は少なくとも数十人のツッパリが、爆音を上げて集結している風景を想像しながら聞いた。「はい、今度入ったばかりなんすけどね」 まあそういったモノも麻疹みたいなもんかと、どこか福助人形に似た、男の顔を見ながら思った。 つづく
「で？ 何ＣＣに乗ってるんだ？」 当時、バイクはナナハンが一番でかいやつで、そこまではいかないまでも、４００くらい、いや２５０くらいは乗っているだろうと思った。「は？ いや、免許持たないんで」 そうか、無免許とは根性入ってる奴だと、変な感心をした。「それで、何に乗ってるんだ？ ホンダやろ、やっぱ」 排気音はホンダが一番との評価が、ちまたの見解であった。「いや、バイク持たないから、自転車なんす」 なにを冗談言ってるんだと、福助顔を見た。 真顔がきょとんとした目を付け、こっちを向いていた。 つづく
私の頭は混乱した。 たしかこの男は、族に入ったと言った。 族にも色々あろうが、この男が言った族とは、暴走族の事であることは間違いない。 暴走するには単車か車がいるはず。 にもかかわらず、自転車しか持たないという。 どういうことだ？ つづく
話を変えたほうがいいか――。「集会ってどこに集るんだ？ 河川敷あたりか？」 苦し紛れに切り出したこの質問にも、意外な答えが返ってきた。「Ｋ袋の峠んところです」 「えっ？ あんな所に広場やらあったかねえ」 「いえ、道路でやるんす」 「道路ってお前、止められんやろ？」 「大丈夫ですよお」 私はムッときた。（この福助野郎、からかってんのか？ 何十台もの車が２車線の、しかも峠の山道に止められるはずがないだろう） その時、福助顔がさらりと言い放った。 「単車２台と自転車３台ですから」 ――コケた。――私はコケた。 以来、福助顔のこの男は「田舎の暴走族」略して「いなぼー」と呼ばれることになったのである。 つづく