作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　ダッチ・コーチャンの章”１”

ダッチ・コウチャン──　心に響く、この名を持つ男、ダッチ・コーチャン。　想像の通りこの名は本名ではない。　あだ名だ。　ダッチとは「オランダの」とかいう感じで使われる。　ダッチアイリスという花がある。　アヤメ科の多年草で、オランダで地中海原産の野生アイリス数種のかけ合わせによって作り出されたもので、２０世紀に入ってから広まり、日本でも特に戦後になって観賞用として栽培されるようになった。　地下に卵形で皮膜に覆われた鱗茎を持ち、これより葉と花茎とを出す花だ。　他にダッチ・コーヒーというものもある。　しかし、ダッチと聞いて日本人の男の、誰しもが思い浮かべる言葉がある。　ダッチ・ワイフ──　模造性器を備えた、等身大の代用女性人形──　　つづく

ダッチ・ワイフとはいかなるものか──　知識はあっても、実際所有している男は数少ないはずだ。　したがって、その肌触り、感触などのデーターを持つ男は稀少な存在ということになる。　男が性の目覚めを自覚し、ダッチ・ワイフの存在を知った時、ほとんどの男は強烈な体験願望に、その身を悶えさせる。　だが、相手は等身大の人形だ。　隠し持つにはあまりにもリスキーである。　長い間にＨ本を大量収集し続けたＭボチャンに、世帯主となった今でも、その膨大な量のＨ本所蔵を可能にさせているのは、ひとえに本が隠しやすい形状をしているからと言い切れる。　それに隠していたＨ本の存在が、仮に露呈したとしても、大きな問題にはならないだろうと予測できるし、だいいち言い訳しやすい。　「ああ、友達が置いていったとよ」「落ちとった」「エロ本は男のライセンスばい」etc……　だがもし、隠し持っていた物がＨ本ではなく、ダッチ・ワイフだったとしたら、いかなることに相成るのだろうか……。　　つづく

その所有が発覚した場合、Ｈ本では通りそうな言い訳「持っていただけ」は、まず通用しない。　それにＨ本では、どのページが自分の好みとする場面であるかなどは、よほど使い込まない限り（好みのページの端っこが、へろへろに折れ曲がっている。もし友達から借りることがあったら、そういった部分に着目するのも一興だ）分からない。　だがダッチ・ワイフの場合、所有が露呈した時点で、人格を否定されてしまうことは想像に難くない。　ましてや友達同士で貸し借りするような、性の冒険野郎といった爽やかなさはそこになく、陰湿な性の虜になった男というイメージが定着してしまうことだろう。　　つづく

コーチャンは素直な男だった。　サザンのクワタに似た風貌はダテではなく、言動もクワタに似ていた。　思ったことは口に出すタイプだ。　性の探検家であるコーチャンが、ダッチというミドルネームを拝領するのは、些細な事件に端を発している。　コーチャンは男だったら、一度は心の片隅に抱く好奇心──　『ダッチ・ワイフちゃ、どげなん感じなっちゃろか』　心に浮かんだその気持ちをコーチャンは、そのまま同級生のヤースケに言った。　「ヤースケちゃ」　「なんな？」　「ダッチ・ワイフち、あるやんな」　「うん」　「あれ、一回してみたいと思わんな？」　直球一本槍のコーチャンが放った剛速球だった。　　つづく

ヤースケとその仲間達は友情に厚い、真の男達であった。　コーチャンの気持ちに答えるため、その時、男達は立ち上がった。　みんなで実物を見に行こうというのだ。　実物は丸和やジャスコには売っていない。　ダッチ・ワイフを見るためには、それ専門の店「ポルノショップ」に行かなければならない。　だが誰一人として、そんな所に足を踏み入れたことがない。　踏み入れたことがないのに、ルート２０１沿いの篠栗手前の交差点に、ポルノショップが開店した事を、何故かみんなが知っていた。　言葉には出さないが「見てみたい」と、みんなが思っていたのだ。　コーチャンが投げた直球は、奇しくも全員の願望を叶えてくれることになったわけだ。　　つづく

目立たない店のドアを恐る恐る開けて、店内へ足を踏み入れると、写真なんかで見たことがあるブツが、そそり立つように陳列されている。　快楽を得るためだけに使われる道具を、これほど多種多様に開発される事自体、異常な気がする。　興奮で顔が上気する。　が、Ｈ本を見たりしたときの興奮とは違い、淫靡で猥褻極まりない部屋に、今、自分達がいること──　そのことが、罪悪感の入り交じった息苦しくなるほどの興奮を感じさせているのだ。　なんだか部屋の空気まで、生臭さが漂っている気がする。　ヤースケ達は一塊りになって、奥へ進んでいく。　「わあ、すげー」　誰かが叫んだ。　見ると明らかに女性が使用するのであろう物が、並んでいる。　巨大で濡れたように黒光りするそれは、剣で言えば子連れ狼の尾上一刀が持つ「胴田貫」という感じだった。　　つづく

「来た甲斐があった」とコーチャンは思った。　残すターゲットはダッチ・ワイフ──　得物を求め、ショーケースを覗いて回った。　だが陳列されているのは意味の分からない小物ばかりで、等身大の物は見あたらない。　やっぱり、ショーケースに入れるには大き過ぎで、置いてないのかもしれない。　その時　「コーチャンあったばい」　ヤースケの声がした。　ヤースケの視線を追うと、天井から上半身だけの姿の人形がぶら下がっていた。　『オ●ェラが大好き　モンローちゃん』とネーミングされたそれは、まん丸い口を開け、眠ったように目を閉じている。　一目でナイロンと解るブロンドが愛おしい。　　つづく　

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