作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　ダッチ・コーチャンの章”２”

「何が悲しゅうして、こげなんもん相手にせないかんとかねえ」　ヤースケは笑った。　空気を入れて膨らませ、ようやく等身大になる構造の『モンローちゃん』は、どんな物好きな男でも、その気になるような代物ではなかった。　『モンローちゃん』を持っていることを、ギャグにするセンスがあれば、かなり大受けすることだろう。　だがもし、仮に強靭な想像力を持つ男がいて、『モンローちゃん』を相手にするために、懸命に空気を送り込み、疲労困憊の果てに『モンローちゃん』を抱きしめる姿を想像した時、その男の悲しい性を思い、込み上げてくる涙を私は禁じ得ない。　　つづく　

ダッチ・ワイフの正体を見たヤースケ達には、それまでの張りつめた緊張感はない。　それはちょうど、お化け屋敷の仕掛けを見抜いた時に感じる、征服感とささやかな安堵感を合わせ持つ感情に似ていた。　必要以上に大きな笑い声を上げて、さらに奥へ進んでいった。　沢山の小物の中には使用方法の分からないものや、場違いな物まである。　子安観音や、イエスを抱いたマリアなどはその最たるものだった。　陳列場所から考えて女性用の物らしい。　江戸時代こういった器具を『張り型』と呼んで、闇の商いがなされていた。　さらに古代の遺跡からも張り型が発見されている。　吉野ヶ里遺跡だ。　今も公開されているのかどうか知らないが、私が見たのは掘り出されたばかりの時期で、簡易の陳列棚に無造作に置かれ『張り型』との説明書きも添えられていた。　弥生時代の誰かが使ったであろう張り型を見ながら、壮大な古代ロマンと、個人の秘密を同時に見ている気がして不思議な気持ちになった。　　　つづく　　　　

奥へ奥へと進むうちに、ふとヤースケはコーチャンがいないことに気がついた。　「コーチャン……」　何度か呼んだが返事がない。　通路を戻りながら、横の伸びた陳列棚を見ていった。　ヤースケは足を止めた。　立ちつくしたまま、じっと何かを見つめている、コーチャンの後ろ姿を見つけたからだ。　コーチャンの前にはモンローちゃんが、丸い口を開けている。　２人の間には無言の会話がなされているようで、犯しがたい張りつめた空気が、そこに流れていた。　　つづく　　　

と、いきなりコーチャンが動いた。　左右を確認するように頭を動かし、もう一度モンローちゃんを見た。　そしておもむろに右手を伸ばすと、モンローちゃんの乳房をわしづかみにし、感触を確かめてから、３度、モミモミモミと揉んだ。　モンローちゃんの躰がくねる。　コーチャンがその手を放し、もう一度モンローちゃんを見つめている。　心なしかモンローちゃんの口を開けた顔が上気して見えたのは、ヤースケの錯覚だったに違いない。　ヤースケが見たのは、どんな女性に対しても、絶対手を抜かない、コーチャンの優しい心を垣間見た瞬間だったのだ。　以後ヤースケはコーチャンに、ダッチの称号を送り、「ダッチ・コーチャン」と敬意を持って呼ぶようになる。　　つづく　

ダッチ・コーチャンの仲間のコードネームは変わっている。　コナーキ、クーリー・ヤマサキ、エンバン、ヤミ、イカサン、ウマチャン、Ｔプリなどちょっと思い浮かんだだけでも、これだけ異色なコードネームが出てくる。　そしてその人物像も相当に個性的だ。　そのすべてを、ここで紹介するというわけにはいかないので、代表的な人物にスポットを当てることにする。　その男のコードネームは『Ｔプリ』──　恋愛に真剣な男だ。　　つづく

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