ミコちゃんが「上級生の呼び出し」という恐怖に打ち勝ち、『体育館裏』というリングにやってきた── その時点で、すでに上級生との前哨戦の均衡は破られたと言って良いだろう。 ミコちゃんの生まれながらに持ち合わせた根性が、３人の上級生に対し無言の威圧を与えているのだが、その事実を冷静に分析できる者は、この場に存在しなかった。 同級生達の期待を一身に背負ったミコちゃんは、スカートのポケットにカミソリを忍ばせて体育館の表に立った。 さらに何の勝算もないまま、指定された体育館の裏へと緊張の歩を進めていった。 すぐ後ろには腰が引けた格好の、物好きな同級生達が続く。 つづく
ミコちゃんが体育館裏へと続く、最後の角を曲がった時、スカートが思いっ切り長い３人の上級生が視界に入った。 ３人ともウンコ座りの姿勢が堂に入っている。 一瞬立ち止まったミコちゃんではあったが、事の成り行きに、多大なる期待をしてついてくる同級生の群れを失望させるわけにはいかない。 一間ほどの距離を置いて、ミコちゃんが佇んだ。 「美しい……」 同級生の誰もがそう思った。 肩幅に両足を開いたその立ち姿は、まさにガンマンそのものであった。 「荒野の一ドル銀貨」のジュリアーノ・ジェンマを思わせるその腰には、勿論ガンホルダーはぶら下がってはいないが、それと同じ場所にあるポケットの中には、鋭いカッターナイフが忍んでいるのを彼女らは知っている。 クライマックスの瞬間であった。 つづく
ウンコ座りをきめていた上級生３人が、中途半端に長い髪の、その前髪を、座ったままの姿勢で物憂そうに後ろに掻き上げ、自分の膝の上で頬杖をつき、ミコちゃんをじっと見ている。 巷で言うところの「ガン飛ばす」「ガンたれる」「ガンつける」などという、一種の威嚇行為だ。 それはちょうど猛獣に出くわしたとき、視線を外さずに根性で相手を負かす行為にも似ている。 少しでも視線を泳がせたり、眼光の力を抜いたとき、その勝負はつく。 ミコちゃんは真ん中にいる、今流行のヤキゴテ状のドライヤーを使って、自分でウェーブを付けたのであろう、まとまりのないクリクリ髪の女に狙いをつけ、鋭くガンを弾き飛ばしていた。 つづく
同級生達は建物の角から盗み見ているだけで、威嚇行為には参加していない。 できれば後ろに並んで、ガン飛ばしてくれていれば、上級生への威嚇はかなりのものになっていたはずだが、それは最初から望むべくもなかった。 それどころか同級生達は、自分の顔を覚えられないよう細心の注意を払いながら、チラッチラッと目の部分だけで覗くばかりだ。 そうこうしている間に３人の上級生が立ち上がり、ミコちゃんと向き合った。 「よう、来きったね」 （？） どうしたことか上級生の啖呵は、貧弱この上ないものだった。 ミコちゃんは瞬時に上級生達の本音を直感した。 （こやつら、アタシに来て欲しくなかったっちゃが！ ３人で呼び出せば、アタシが恐ろしがって来きらんと計算したとバイ。 ところがアタシが来たもんやき、どげしたらよかとか、戸惑いよるとやが！） ──そうと読んだミコちゃんの右手が動いた。 つづく
素早い動きだった。 まるで早撃ちガンマンを彷彿とさせる身のこなしだった。 一瞬のうちにスカートの右ポケットへと、右の手が滑り込んだ。 ミコちゃんの指先に堅く冷たい感触が伝わる。 ミコちゃんは思った。 （このカッターナイフを見せただけで、この３人はビビッて逃げ出すに違いない。 できるだけゆっくりと、そして落ち着き払った態度でポケットからカッターナイフを抜き出すのだ。 できるだけ不気味に──） ミコちゃんの計算は間違ってはいなかった。 そして、さらにひとつのアクシデントが、その効果を増幅させた。 つづく
勢いよく手を滑り込ませた、ポケットの中のカッターナイフ── 実は剥き身になっていたのだ。 「！」 人差し指に走る激痛──、歪む小学生並みの童顔──、ポケットの中に滴る鮮血──、凡人ならば「キャー！」と悲鳴の１つも上げるところだ。 だか、ミコちゃんは違った。 ただ者ではない。 噴き出す鮮血を小道具にして、腰の引けた３人の上級生に衝撃を与える事を思いついた。 いや、思いついたというのは正確ではない。 極限状態によってミコちゃんの、眠れる本能が覚醒したといった方がピッタリくる。 鮮血滴る右手をポケットから取り出し、「あんた達〜……」そう言いながら、ゆっくりと持ち上げるその手には、血染めのカッターナイフが握られていた。 つづく
今にも切れてしまいそうな意識の糸を、懸命につなぎ止めながらミコちゃんは、なんとか思い付いた言葉を喉から押し出した。 「あんた達〜……、こげばいぃ〜……」 人差し指から滴る血と、不気味な光を放つ血染めのカッターナイフを、ちょうどアッパーカットのような軌跡を描きながら、３人の上級生に向かってゆっくりと突き出した。 一体全体、何が「こげ」なのか、考えてみれば意味不明な言葉であった。 だが、この捨て身の言葉は、効果絶大であった。 つづく
「キ、キャー！」 群集心理とでもいおうか、一人が悲鳴を上げて逃げ出すのにつられて、他の２人も算を乱して駆けだした。 そしてミコちゃんは、今にも失いそうになる意識を、懸命に繋ぎ止めながら、アッパーカットを打ち抜いた姿勢のまま、右手を下ろせずにいた。 下手に下ろすと、出血がひどくなり、気を失いかねないのだ。 同級生達が建物の角から飛び出してきた。 「大丈夫！？」 口々にそう叫びながら、ミコちゃんに抱きついてきた。 泣き叫んでいる者もいる。 だが、今のミコちゃんの状況からしてそれらの行為は、甚だ迷惑な行動であった。 つづく