作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　ハナキ君とドスコイしのちゃんの章”３”

ハナキ君のその後ろ姿は「ザッパーン」という豪快な飛び込みではなく、入水自殺する姿に似ていた。　尻、背中、肩と消えていき、ついに頭が沈んだとき、ミミスケには「プクン」と聞こえた気がした。　視界には漆黒の海がただただ広がり、遠くのイカ釣り漁船の明かりが点々と、まるで狐火のように瞬いている。　ミミスケは水しぶきひとつ上がらない海を透かし見て、恐怖に近い不安が込み上げた。　――いくら海に馴れているからといっても、酒に酔って冷たい海に…、しかも真夜中に入ればどうなるか……。　そこに思い至ったミミスケの頭脳は、あらゆるデーターをはじき出し始めた。　――この海は瀬戸内海の静かな海ではなく、玄海の荒波が押し寄せる外海に面した海だ。　流され出したら助からない……。　こうも考えた。　――もしかしたら泳ぎ出す前に心臓麻痺にならなかったとも限らない。現にハナキ君の姿はどこにもない……。　ミミスケはもっと恐ろしいことも考えた。　――夜の海は、どんな生き物が襲ってくるか分からない。鮫が絶対にいないと誰が言えるだろう、もし海流の関係で岸まで近づいてきていたら……。　この時点でミミスケのコンピュータは暴走を始めた。　パニックが襲ったのだ。　　つづく　

「ハナキくーーーーん！　おおーーーーい、ハナキくーーーーーーん！」　ミミスケの叫び声は海風に飛ばされ、切れ切れに聞こえる。　ミミスケは牛隈の賢に車のヘッドライトを海に向けるよう、たのんだ。　ブルーバード・スリーエス・ターボが唸りを上げて派手に回転し、鼻づらを海に向ける。　なにをするにも派手を好む、牛隈の賢であった。　ヘッドライトに照らし出された海は、凪いだようなうねりで揺れていた。　ミミスケの泣き叫ぶような声が、幾度もあがる。　海は単調な動きをくり返すだけだ。　――溺れた？　ミミスケの背中から悪寒が、首筋にかけて這い上がる。　ニヒルな牛隈の賢も、さすがに事態の深刻さが分かったらしく、ミミスケと一緒に海に向かって、ハナキ君の名前を呼び続けるのだった。　　つづく

ミミスケは叫びながら、ハナキ君が生きていると信じ、その反面、このことが徒労に終わるであろうと思い始めていた。　そして後悔の念という、じわじわといつまでも焦げ続ける苦しみがミミスケを襲った。　――あの時どうして止めなかったのか。　いくらハナキ君が海に馴れているとはいえ、酒に酔って、しかも真夜中の秋の冷たい海に入る危険性は相当に高い。　俺が……、俺が……、ハナキ君を殺したも同然！　そこに考えが至ると、もう、じっとしていることが出来なくなった。　ミミスケは狂ったように浜辺を走り回り、ハナキ君の名前を呼び続けた。　　つづく

「ハナキくーーーーん！　ハナキくーーーーーん！　返事してくれーーーー！　おおおーーーい　ハナキくーーーーん」　ミミスケは絶望の雄叫びを上げた。　その時だった。　「おーーい」と緊張感のない声が、波間で上がった。　「ハ、ハナキくん！」　飛び上がるようにミミスケは駆けだし、両手を左右に大きく振った。　ハナキ君も手を振っている。　――無事だった！　よかった！　よかった！　走りながらミミスケは本当に喜んだ。　そしてすぐに思った。　なんか変だと…。　ハナキ君はのんきに海岸へ向かって、海亀のように泳いでくる。　そしてまた、ときおり手を振る。　その古式泳法ばりの泳ぎ方は、ミミスケが考えていた、クロールのような泳ぎ方とはまったく違っていて、漂うように泳ぐ。　確かにその方がクロールなどより、疲労が極端に少ない。　そして『見えにくい！』　つまりミミスケは、ハナキ君が波間に漂うことを満喫している間、姿の見えないハナキ君を溺れたと思い込み、右往左往しては大騒ぎしていたのだった。　　つづく　　　　

浜に上がってきたハナキ君に、なじるような文句を言ったのは、死ぬほど心配していたミミスケではなく、迷惑顔をしていた牛隈の賢だった。　本当はミミスケの怒りも相当なものだったのだが、思考回線が複雑なミミスケの頭脳が、彼自身に短絡的な行動をとることを許さなかったのだ。　そして勝手に騒いだ自分の、未熟さを責めた。　やがて彼自身を追いつめていくことになる、ミミスケのこうした思考癖をひとことで言うと、人を責めることが出来ない性分、といえた。　帰りの車の中でもハナキ君が「寒い…、寒い……。吐こうごたある…、吐こうごたある……」と訴えるのを、文句を言いながらブルーバード・スリーＳ・ターボを路肩に止める、牛隈の賢とは対照的に、甲斐甲斐しく介抱してやった。　しかしミミスケは気軽に文句が言える牛隈の賢を、羨ましくも思っていたのだった。　――自分を変えたい。　ハナキ君を介抱しながらミミスケの心に、そんな思いが波紋となって広がっていった。　　つづく　

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