部員でもない人間をキャストにすることはエキストラといい、ママあることだった。　問題はＭボチャンが芝居に出ることを、承諾するかどうかだ。　演劇部というと変わり者の集まりと認識されているらしいし、実際、変わり者が多い。　そんな人間と同類に見られるリスクに、見合うだけの何かを手みやげが必要だ。　それをエサに、説得せねばならない。　この時、私にはＭボチャンの首が縦に振られるであろう秘策を思いついていた。　演劇というのは一般的に思われているより、かなりの重労働を要するのだが、何故か女子部員が数多く入ってくる。　しかも、美人が多い。　今年も１年生の新入部員は女子がほとんどで、男子はそれにつられてフラフラと入ってきたという感じだ。　それは去年の私の姿でもあるのだから、彼らの気持ちはよく分かる。　１年生の男子の目に高校の女子は、目も眩むほどの大人の女に映るものだ。　そして、この１年生の中に、ぬけるような白い肌を持った美少女がいた。　　つづく　

長身のこの美少女は、カオリといった。　人懐っこく、気の良く利く子で、すぐに演劇部のアイドル的な存在になった。　そうした噂が、地学部のMボチャンの耳に届いたらしい。　用もないのに演劇部の部室を覗き、お喋りをしていく回数が増えたことで察しが付いた。　KH高校には３階建ての生徒会館があり、演劇部はその２階３階を占有していた。　各クラブが部室や練習会場をどれだけ持てるかというのは、大会などでの活躍に左右される。　２階３階の占有は、これまでの演劇部の実績が物を言った結果だろう。　部室は２階にあり、読み合わせなどのデスクワークに使い、３階は立ち稽古などに使えるようになっていた。　したがって演劇部の部室に来るということは、通りがかりにちょっと立ち寄るという感じにはならない。　わざわざ階段を上ってこなければならず、明らかに何かの目的を持っているということになる。　いつから、そうやってMボチャンが遊びに来るようになったのか、そして私と親しく話すようになったのか思い出せない。　いつの間にか仲間内に入っているというのが、Mボチャンの特技であることを知ったのは、随分、後のことであるのだ。　　つづく

私は地学部部室へ行き、エキストラの話をMボチャンに持ちかけた。　案の定、きっぱりと拒絶された。　計算の範囲内だ。　ここからが問題だった。　まず、セリフはないということを話し、ギターを弾きながら歌うだけだと説明した。　しかし、これぐらいの説得では、Mボチャンは首を縦に振らないのは分かっていた。　秘策はここからだ。　脚本の一部を、このように手直しした事を話した。　『舞台の端にアベックが座っている。男はギターを抱え、その横で寄り添うように女が座り、男が歌い出すのと一緒に女も歌い出す』　堅かったMボチャンの表情が、にわかに弛んだ。　そこに最後の一発をお見舞いした。　「でね、その女の役はカオリがいいやろと思うとよ。　カオリは知っとるやろ？　背が高い、色白の１年生。　カオリもMボチャンファンやからなあ。　この話したら喜びよったぜ。　ちょっと、ギター持って部室に来ちゃらんかねえ。　あ？　うん、今から。　戦争は知らないは弾けるやろ？　おお、スマンスマン、弾けるクサね。　そげたい、最後に一曲歌うだけちゃ。　その間はずっと、カオリと並んで座っちょけばいいとたい。　──おう、そうか！　やってくれるか！　無理言うてスマンね」　このようにして、見事に術中にはまったMボチャンは、毎日、演劇部に通うようになったのである。　　つづく　　　

Mボチャンの熱心な練習の成果が出て、作品の出来は上々だった。　芝居の流れとは次元の違う場所にいるような二人が、舞台の端で虚空を見つめながら座っている。　片方は色白の美少女──　もう片方はチューリップハットを被り、ギターを持った小柄な男──　となると観客の想像はたくましくなり、（いったい、どういう二人なのだろう？）といった意識が働き、ぐっと舞台に引きずり込まれていく。　ただ難を言えば、カオリの存在が大き過ぎたことだ。　途中から話に深く関わってきそうな雰囲気があり、最後に歌を歌うだけの役では、美少女に対する観客側の期待に添えないのだ。　やはりＭボチャン一人の方が良かったのだが、それではＭボチャンが承知しなかっただろう。　結局、コンクールは地区大会はクリアしたが、県大会止まりで終わった。　　つづく　

私達、演劇部員のコンクールは終わったが、Ｍボチャンにとっては始まりであった。　演劇部の部室に顔を出し、すっかり顔馴染みになってしまった女子部員を、笑わせて帰るのが日課になったのだ。　特に１年生には受けが良かった。　３年生は引退しているので、怖い者がいない。　頼まれてエキストラになったという強みも、Ｍボチャンを大胆にした。　そうなってくると、女子部員につられて入ってきた男子部員は面白くない。　面白くはないが、Ｍボチャンに太刀打ちできるほどの、ギャグセンスを持った男はいなかった。　Ｍボチャンがひと笑いさせて、自分が所属する地学部へ帰っていく時「Ｍボセンパ〜イ、失礼しま〜す」と、１年の女子全員が、可愛いらしい声をそろえ、挨拶する。　どおってことないことだが、確かに男として自分のテリトリーを犯されているようで、面白くない気がする。　もしかしたら、それを敏感に感じていたのは、１年の男子ばかりではなかったかもしれない。　　つづく