だが、私には分かっていた。　Ｍボチャンはただ純粋に、演劇女子部員の放つ、華やかなオーラを浴びに来ているだけなのだ。　地学部といえば鍾乳洞探検や、天体観測などが活動内容だ。　女子部員も皆、共同研究者という雰囲気で、Ｍボチャン好みの躍動感に欠けているのは否めない。　その足りないホルモンを、演劇部の女子に補充して貰っているのだ。　森に入っていって深呼吸したり、木々と対話したりして精神と肉体のバランスを取る、森林浴のようなものであったと考える。　純真無垢と信じる若草のような女子の中にいて、Ｍボチャンの元気も、さぞや湧いてきたことだろう。　誤解無きよう言っておくが、この時期のＭボチャンの思考に不純さはなかった。　彼の腹の中に、身悶えするような不純な気持ちがパンパンに充満して来るのは、二十歳の頃──　あと３年後のことだからである。　　つづく　

思春期を迎えた男は大概の場合、好きな女の子に女神の姿を重ね合わせる。　当然ながら女神に、ウンコやオシッコの話は似つかわない。　意中の女の子は女神なのであるから、そのような生理現象は切り離して考えているのだ。　彼女の全身からは薔薇の香りが立ち登っている気がして、その存在を決して汚してはならないと、固く信じていたりするものだ。　私の友人にもそういう男がいた。　優等生の堅物で通ったこの男にも、どうやら付き合っているらしい人ができたと漏れ聞いた私は、「もう彼女の手を握ったね？」と、祝福の言葉代わりに言った。　するとこの男は怒気を含んだ目をして「握ったやら言わんで！　繋いだち言うて！」と抗議してきたのだ。　どこが問題なのかと首を傾げたくなる抗議だったが、この男にとって『手を握る』という響きは、性行為に匹敵するらしい。　このように女神に対してのスケベな妄想も、犯してはならない罪のひとつなのである。　もし、そんな妄想にふけっている自分に、ふと気が付いた場合、罰として腕立て伏せ１００回などのルールを科していたりすることさえある。　さらに人によっては、このような女神が１人ではなく、複数であることも珍しくない。　　つづく　　　

Ｍボチャンには高校時代において、本格的な性の目覚めが訪れなかったらしい。　「Ｍボセンパ〜イ」と声をかけてくる後輩の女子に対し、女神か天使かのイメージを持ち続けいていたのであろうか（スケベ心をタブー視していたのかもしれない）、声をかけてくる女子には、いつも爽やかで、コミカルな返事を返すにとどまっていた。　幸いなことだった。　しかし卒業後、この時の自分の行動を「なんと勿体ないことをしていいたんだ！」と後悔し、その分を取り返そうとしたのであろう、ＯＢ訪問と称して、足げく古巣の地学部へ通うようになったのは、フェア精神に欠けはしないだろうか。　始めて買った日産サニーを、これ見よがしに学校に乗り付け、お菓子やジュースの差し入れをするなど、現役の男子に喧嘩を売るようなものだ。　この時の行動を皆は「アメリカの物量作戦」と、呼んだ。　　つづく

だが、この物量作戦が功を奏し、男子までファン層を拡大してしまうところがＭボチャンの凄さだ。　「物で釣っただけではないか！」と言ってしまえば身も蓋もないのだが、誰でもやれることではない。　さらにこの作戦を１５年近くまで続けるなど、相当な忍耐と努力である。　学校で問題にならなかったということは、不適切な行為はなかったということだろう。　これらの努力は後輩男子達が受け継ぎ、一時期、他のクラブにはあまり見られない慣習が生まれていた。　人はそれを「地学部の奇妙な体質」とも呼んだ。　蛇足ながら、最初にＭボチャンが颯爽と乗り付けたサニー・クーペの寿命は、短かった。　その日、地学部部室のある校舎に向かって、サニーを頭から止めた。　そのこと自体はどうということではないのだが、免許を取って間もないことが悲劇を生んだ。　　つづく　　

この時期の政策だったのか、戦前からの古い木造校舎を、コンクリートの校舎への建て替えが、各地で盛んに行われていた。　ＨＫ高校も教室は新校舎に移動し、旧木造校舎は文化クラブが贅沢に使えるようになっていた。　地学部も２階建ての校舎の２階部分と、１階の部室を占有していた。　その校舎の真下に、Ｍボチャンのサニーは駐車している。　地学部での人気を不動のものにしていたＭボチャンが、差し入れをして帰ろうとした時、当然ながら全員が１階と２階の窓から、鈴なり状態で見送ってくれた。　さらにその内の一人が、車の誘導まで買って出るという、ＶＩＰ待遇状態になった。　Ｍボチャンに限らず、このような場合の緊張はかなりのものだ。　しかも運転が未熟ときているのだから、何が起こっても不思議ではない。　　つづく