作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　もんじろうの章”４”

レゲーはご存じのように、「スッチャカ、スッチャカ」という２拍目にリズムが来る、後打ちだ。　もともと黒人が持ているリズムで、スカもこのリズムが使われる。頭にリズムが来る、いわゆる頭打ちは日本人が持っているリズムだ。　１泊打って揉み手をする、宴会のリズム。　この２つのリズムの違いを、私はこう考えた。　日本のリズムは鍬などを打ち込む時に、一番力が入る頭打ちであり、農耕のリズム。　黒人のリズムはダンスのリズム、それもジャンプのリズムではないかと思うのだ。　一拍目は膝を曲げた状態、２拍目が飛び上がった状態というわけだ。　定かなことは言えないが、とにかくジャンプする習慣がなかった日本人にとって、難しいリズムであることは確かだ。　さて、もんじろうはこのレゲーで、どんな手拍子を打ったのか──　　　つづく　

「なんか、めちゃめちゃ緊張するっすね」　もんじろうのクセで、緊張すると唇を舐める。　もんじろうの唇は奈良の大仏と同じ形をしていて、上下の唇がポッテリとめくれ、大きな顔に違和感無く存在している。　その唇をしきりに舐め、手を左右に広げたまま、緊張の表情を私に向ける。　「いや、別に緊張せんでいいやろ。感じたリズムでクラップハンドしたらいいとたい」　「……あ、あ、あ──、緊張するぅ」　見ているこっちもなんだか力が入ってくる。　「手拍子をとるだけたい。なん力入れとるとか」　そう言った瞬間、頬を紅潮させたもんじろうが、目にも止まらぬ早さで、『バチン』と手を打ち、元の手の位置で攻撃の構え、いや、手を打つ構えをとっている。　その緊張の表情を崩して言った。　「こうですかね！」　「？」　まるで抜き打ちか、真剣白刃取りの妙技を見た気持ちにさせた、もんじろうのレゲーのリズムだった。　「おまえ、蚊とかハエを取りよるとじゃないんぞ。なんで一回手を叩いて終わるとか？　なんが『こうですか？』か」　世界中捜しても、パチンという一発手を打っただけで、レゲーとわかる人間はいないだろう。　それじゃまるで、将棋で一手目をさされて「負けました」というのと、なんら変わらないではないか！──と思うけど……。　　つづく　　

以上、もんじろうが持つリズム感についての余談。　どうしてもうまく踊れないもんじろうに、私は一つの提案をした。　「いいか、８拍目に『ホォーッ』と声を上げろ。そのときピンクレディーのＵＦＯのごと、羽根扇子を突き上げろ。片膝を上げるのも忘れるな」　８拍目と言ったが、実はその曲、３２ビートで刻まれていたのだ。　しかし、そんなビートをもんじろうが感知出来るはずがなかったので、数をななつ数えて、やっつめに『ホォーッ』と叫ばせることにした。　「もっと、楽しそうに。ホーッじゃなく、ッポーッという感じの方が切れが良く聞こえるぞ」　最初、リズムに乗れなかったもんじろうも、だんだん感触を掴んできた。　練習開始から２時間。　ついに踊りは完成した。　　つづく

ここまできた時点で、浪人３人衆のテンションは全開した。　鬱積していたエネルギーが大爆発！　もんじろうはＤカップはあろうかという、形のいい風船オッパイと、ボブカットのカツラを作った。　こんちゃんは思案の末、パンティーをかぶると強くなる「変態仮面」を選び、ピストンしんばらは、実験のミスから全身が緑色になった博士の話「超人ハルク」をやることになった。　かなりキワモノだ。　そんな恰好をして、はたして世間が許すだろうか。　学祭の当日がきた。　もんじろうはＳＯっちゃんからしてもらったメイクが、いたく気に入った様子で、歩き方までモンローウォークだ。　ピストンしんばらはポスターカラーで全身を緑に染め、金髪のカツラまで作ってスタンバっている。　問題はこんちゃん。　褌一枚の姿で、頭にパンティーをかぶっている。　通常、女性の大事な部分を包む個所が鼻の部分に、足を通す２つの穴が両目にきて、ミル・マスカラスのマスクと見紛うほど見事だ。　これならパンティーをかぶっていると気づかない人が、もしかしたらいるかもしれない。　　つづく　　　

もんじろうは完璧だった。　沿道に居並ぶギャラリーに向かってふりまく満面の笑顔は、リオのカーニバルを彷彿とさせる。　筋肉がほとんどついていない、貧弱ともいえる手足が、今日は最大限に活かされていた。　ノースリーブから伸びた細い腕……　パンティー（実は柄のトランクスをはいている）が見えそうな危うさが、見ている私にさえも淫靡な気持ちにさせる、タイトな超ミニ……　その裾からは無駄な肉（筋肉）のない、むだ毛が綺麗に処理された（もともと生えていない）艶やかな足が、細く伸びている。　ワンピースのラメが日差しを反射させて輝き、肩まで伸びた髪（かつら）を振り乱す姿、ヒップを左右に振る（実は腰痛持ち）モンローばりのウォーキングは、その道の才能さえ感じさせた。　　つづく

実際、女装したもんじろうを本物の女と勘違いして、「俺のタイプなんすよ。紹介してください」と申し出てきた男がいたほどだ。　紹介してあげれば良かったと、今でも悔やまれる。　もんじろうの派手さは、ピストンしんばらの影を薄くした。　全身をポスターカラーで緑に染め上げ、金髪のカツラをかぶった姿は、どこか節分の鬼に似ている。　どうせだったら、金棒を持って鬼に変装した方が親子連れに受けたかも知れない。　緑色に全身を塗って「超人ハルク」ですと言われても、前振りを言わずにオチだけ言った漫才のようで、どうも受けが悪い。　だいいち、「超人ハルク」なる映画を知らない人はどうする？　そう考えてみると、節分の鬼の方が、ひねりはなくても伝わりやすかっただろう。　同じ裸でも、こんちゃんの「変態仮面」は見る者の知性や品性を破壊するインパクトがあった。　　つづく

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