作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　もんじろうの章”５”

こんちゃんは「変態仮面」という大胆なネーミングの期待を裏切らなかった。　身につけているのは覆面代わりのパンティー、褌、スニーカーだけだ。　上半身の異常さに対して、スニーカーという当たり前と言えば当たり前の履き物との落差が、独特のわいせつ感をかもし出している。　例えて言えば、そこらあたりの路地で服を脱ぎ捨て、人前に飛び出してきた性的偏向者の雰囲気を漂わせているのだ。　しかし、こんちゃんはどんな時でも、最低限のエチケットだけは守る律儀さを持ち合わせていた。　褌からはみ出た陰毛を隠すため、厚手の紙を黒く塗り、デルタ地帯の形に合わて切り取り、それを前バリにしてこだわりの清潔感を演出したのだった。　さすがだ。　　つづく　　

仮装行列の一団が商店街をゆく。　その中でもひときわ目を引くのが、大柄のオカマ（もんじろう）と、緑の皮膚を持つ男、そしてパンティーで顔を隠した変態仮面。　沿道を埋める人々が笑いながら指さすものは、その変態仮面の尻エクボ。　几帳面なこんちゃんは、どんな時でも姿勢を正し、肛門を締めて歩く。　そのために、より可愛い尻エクボが生みだされ、それが沿道に並ぶ人々の感動を呼んだのだ。　この時撮られた写真には、こんちゃんの尻エクボを指さしながら大笑いしているおばちゃん達の姿が、生き生きと写り込んでいた。　尻エクボだけでこれほどの反響を呼び起こすとは、恐るべし変態仮面！　　つづく　　

仮装行列の一行はコンテスト会場に着いた。　ステージの上でのパフォーマンスが採点される。　趣向を凝らした学生の仮装とパフォーマンスが次から次へと披露され、ヒートアップしていく会場が、にわかに沸いた。　ジュリアナ東京のBGMにあわせ、浪人３人衆が躍り出てきたのだ。　弾けるもんじろう、とにかく踊るピストンしんばら、大人たちのヒンシュクを一身に買いまくるこんちゃん、　その３人が繰り広げるステージは、見る者の頬を赤らめさせるに十分だった。　「己を捨てるとは、まさにこのことじゃ。でかしたぞ、３人衆」　別の意味で受けている３人に、始めて、褒めてやりたいと感じた私だった。　　つづく

この仮装行列でチャレンジ精神を身につけた３人衆が、成人式を迎える年がきた。　成人式といえばスーツだ。　ファッションとは全く無縁だったもんじろうが、始めてのスーツを購入した。　人並みの感覚が芽生えてきたのだ。　それまでのもんじろうといえば、派手な寝癖のヘアースタイルをトレードマークにしていた。　後頭部のど真ん中から立ち上がるその髪は、極楽鳥かチャボのようで、私も一度「寝癖ぐらい直してこい」と注意したことがある。　その時のもんじろうの返答が凄かった。　「えっ、あっ、これですか？　実は僕のツムジ、ここにあるんですよ」　もちろん、そんなところにツムジなどない。　そんな言い訳をしてまでも、寝癖を直そうとしないもんじろうのファッションセンスに、軽い衝撃さえ感じたものだった。　　つづく

もんじろうが見せたそのスーツは、紺のフォーマルスーツだった。　生地の申し分ない。　美しい柄のネクタイはシルクで、成人というハレの節目にピッタリだった。　「いいやんか、かなりいいぞ」　「そうすか、お父さんが選んで、買ってくれたんですよ」　「なるほど、で？　靴は？」　「はっ？」　「靴も買ってくれたんやろ？」　「いいえ」　「じゃ、どうするんか？　靴は持ってないやろ」　「靴ですか」　自分の足下を見つめ、もんじろうが思案顔をした。　私はカウンターの内側でオーダーをこなしながら、その答えを待った。　「こ、これじゃ、だめですかね」　足下を指さし、もんじろうが顔を上げた。　もんじろうが言う靴は、私の場所から見えない。　作りかけのオーダーをこなしながら、『ジーパン姿なのに、フォーマルの靴を履いてるのか……」と、今更ながらにもんじろうのファッションセンスを疑った。　　つづく　　

「どれ？」　オーダーを出し終わって、もんじろうがフォーマルスーツに合わせるという靴を見た。　「こ、これっす」　差し出す足を見ると、それは、かなり履き込んだハイカットのバスケットシューズ、それも布でできた生成のコンバースだった。　「おまえ、これ、バッシューやないか。フォーマルにこんなもんが合うわけなかろうもん」呆れかえった口調で言うと、また、訳の分からない言い訳をするのだ。　「でも、僕の足、大きいもんで、合うサイズがないんですよ」　「おまえ……」　私はわずかに絶句した。　気を取り直し、最低限のファッションの決まり事を教えることにした。　「ビジネススーツにスニーカーという事は考えられるが、フォーマルスーツにハイカットのヨレヨレバッシューやら絶対考えられん。結婚式に呼ばれてバッシューで行くか？　サイズも捜せばある、ジャイアント馬場じゃないんだから。今まで裸足やったわけじゃなかろうもん」　「は〜」　自信なげなもんじろうに、私は軽い苛立ちを感じるのだった。　　つづく　　

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