作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　もんじろうの章”６”

「いいか、フォーマルシューズは革靴と、相場は決まっとるとよ。あとは爪先の革の処理の仕方で、ずいぶんと印象が変わってくるとたい。ごくシンプルなのはプレーントウといって、チップがないやつ。縫い目が横に真っ直ぐなストレートチップ。縫い目が蝶のようなウイングチップ。この３つが定番たい。あとは、ソールの厚さとかで、アメリカンモードとかイタリアンモードとかあるけど、それは気にせんでよか。おまえはストレートかプレーンだけを見て選んで来い」「その２つしか、いかんのですか？」「いかんわけじゃないばってん、ウイングチップはお洒落な着こなしの時に合わせるとよ。おまえにはまだ無理。アイテムが増えてからにせい」　もんじろうは否定されると燃え上がる。そのことをこの時、私はうっかり忘れていたのだった。「そうですか。僕には無理ですか」すねたような態度に、燃える闘志が見え隠れしていた。　　つづく

ここ一発が決まらないのが、もんじろうの真骨頂だ。　翌日、新聞の折り込みを手にして来た。　もんじろうの癖で、なにかいいアイディアを思いついた時、ニタニタした笑みを作り、私がなにか言うまで視線を外さない。　普通の顔のサイズなら、そう気にはならないのだが、なにぶんちろりん村でもトップレベルのでかい顔だ。　どうしても視界に入ってしまう。　笑い顔のまま私の動きに合わせて、センサー付きパラボラアンテナのように顔をグイングイン動かすのだ。　『ああもう、気が散る』　しかたなく「何か見つけたか？」と私は水を向けた。　と、いきなり小さな紙をポケットからつかみだし、「安売りの広告が、ちょうど入ってたんですよ。これ、いいと思うんですよ、これ」堰を切ったようにまくし立てだした。　「ちょっと待て、一段落したらそっちに行く」　放っておいたら、人が聞いていようがいまいが、お構いなしに喋り続けるのだから、たまらない。　　つづく　

もんじろうが差し示した靴は、革靴とは全く異なるストレッチシューズだった。　見た目、革靴っぽく作られたビニールシューズだ。　「これ、安いでしょ。ね、これ」　もんじろうの力の入った指がチラシの上で踊る。　『軽い！　安い！　滑らない』　などのコピーが書いてあり、元気の良い『２０００円！』の文字がいかにもチープだ。　「確かに２０００円ちゃ、安いよ、本物ならな」　「へっ？」　「もう、なんちかんち言わんで、ちゃんとした靴屋を見てこい」　チラシの靴が革靴と信じ込んでいたのか、もんじろうは棒を飲んだように動かない。　「福岡とか小倉を歩いてみろ。店はいっぱいあるやろ」　自信なげに「は〜」と曖昧な返事をし、なおも佇むもんじろうであった。　　つづく　

「買ってきました。これでいいですかね」　もんじろうが勢いよく包みを開けた。　黒光りするウィングチップの、鯨の模型みたいな巨大な革靴が箱の中にあった。　一人で捜す自信のなかったもんじろうに、こんちゃんが救いの手をさしのべたのだ。　もんじろうの巨大な足に合うフォーマルシューズを捜すべく、２人して黒崎まで足を延ばしたらしい。　もんじろうの足は縦に大きいだけではなく、扁平状になって横にも広い。　草鞋の形をしたマル天を思ってくれればわかりやすい。　そんな常人離れした足に合う靴捜しの苦労は、相当なものだったに違いない。　「おう、それで良かとたい！」　あれだけプレーンかストレートチップと言い含めていたのに、ウィングチップを選んできたのは、もんじろうの私に対する、ささやかな抵抗でもあったのだろうか……。　が、とにかくフォーマルスーツにヨレヨレバッシューというコーディネートで、成人式に臨む事態はなんとか回避されたのだった。　　つづく　　　

「やればできるやんか」　私が月並みの褒め言葉をかけてやると、もんじろうはもの凄い勢いで有頂天になった。　それは例えて言うと、「おだてりゃ、ブタも木に登る」のことわざを地でいくような喜びようだった。　「そうすか！　これでいいすか！　そうすか！」　と何度も悦びの言葉を連発した後、急に立ち上がり「俺、コート買ってきます。トレンチコートでいいですよね。もう、目を付けたのがあるんですよ」と、こんちゃんに向かって「ネッ」──そう言って賛同を求めた。　「あっ、ああ、うん。黒崎で見つけたんですよ」　こんちゃんが相づちを打つ。　「黒崎って、今から行くとか」　「はい、思いたったらナンとかって言うでしょ。金も持ってきてるし、じゃっ、行ってきます」　もし、このシーンをマンガで書くと「ぴゅー」の擬態語が似合う。　私が返事を返す間もなく、テンションの高い声で喋りながら、もんじろうは黒崎目指して出て行った。　　つづく

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