作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　もんじろうの章〈魚釣り編〉”４”

私達３人は２艘のボートに分譲し、水上バイクでポイントまで引っ張ってもらった。　もんじろうとヨーイチローを一緒に乗せ、私は一人にさせてもらった。　仕掛けはサビキという、擬餌針が何本も付いているアジ、サバ狙いのものを用意した。　この仕掛け、下手くその近くで釣ると、オマツリさせやすい。　オマツリとは仕掛けを絡まり付かせることで、潮の流れを考えないで糸をどんどん出すと、仕掛けが沈んでしまう前にサビキが流され、オマツリしてしまうのだ。　ヨーイチローには申し訳ないが、オマツリで大事な仕掛けを無駄にしたくない。　（もんじろうをよろしく頼む）　こうして紫色した夜明けの空の下、我々はボートに乗り込んだのであった。　　つづく

数分後、もんじろうがヨーイチローの仕掛けに、オマツリさせるのではという心配は、杞憂と分かった。　ボートに乗り込んで１分もしないうちに、大きな麦わら帽子を乗せたもんじろうの巨大な顔をあが、みるみる青ざめだしたからだ。　ボートが少しでも動いているのなら話も分かるが、止まったままの、せいぜい波でわずかに上下する程度の揺れで船酔いするとは──　なんという根性なし！　船酔いしないためには頭を、極力揺らさないことだから、もしかしたら顔が巨大な分、振り子の原理で、人より頭の揺れが大きいのかもしれない。　もしそうだとしたら、構造的な問題だから、もんじろうを根性なしと言うのは可哀想か──　ポートがポイントへ向かって動き出した。　視線を遠くの水平線に置き、込み上げてくる熱い物を懸命に堪えていたもんじろうだったが、１５分後、ポイントに着くなり「オエーッ！」と辺りに、響きのいい、透き通る声を上げた。　幸い、到着早々のナマ撒き餌は発射されなかったが、そのままボートの中に倒れ込んでしまった。　　つづく　　　

「オーイ、もんじろう。錨を入れとけよぉ」　そのボートには２０メートル程度のロープに結わえられた、ブロックの錨が積んであった。　流れの弱い場所ならブロックでも錨になる。　いいポイントに着いたらすぐに錨を入れるのは、舟釣りの常識──　声をかけてやる程度で十分だろうと思った。　ボートの舷側を叩く小さな波音を聞きながら、私は仕掛けを道糸に結び、一度、顔を上げた。　ヨーイチローともんじろうの乗るボートが、横腹を見せて浮かんでいた。　コマセ籠を装着し、また顔を上げた。　ボートは相変わらず横向きだった。　心なしか手元で作業をしているヨーイチローの姿が、小さくなったように感じた。　凍ったオキアミを柔らかくし、コマセ籠に軽く詰めながら、考えた。　（どうしてヨーイチローのボートは横向きなんだろう……）　ハッとしてもう一度、ボートを見た。　ボートは遙か遠くに離れ、やっぱり横向きのまま、小さな黒い影絵のように海上に浮かんでいた。　なにかしら仕掛けを作っているヨーイチローと、舳先でダウンしているもんじろうのボートは、静かに、そして確実に、そのスピードを上げながら、沖へ向かって流されていたのであった。　　つづく　

考えてみると、錨を入れた船は、潮の流れに舳先を向けるのだから、流れに対して横向きになっている事は有り得ない。　その事に気づいたときには、もう声の届かない所まで流されていたのだ。　（天気もいいし、漂流することはなかろう）とそのまま放っておいた。　仕掛けの作業が終わったヨーイチローが、ようやく事態に気づき、懸命に漕いで戻ってくる。　普通ボートは、舳先を背にして漕ぐのだが、そのポジションにはもんじろうがノビているので、ヨーイチローは器用にオールを逆回転している。　ようやく私の傍まで戻ってくると、息を切らしながら文句を言った。「たまらんすよ、もんじろうさんが錨を枕にしとるもんで、全然わからんやったですよ。まさか錨を入れてないとか思わんじゃないですか」　『ヨーイチロー怒り心頭に発す』といったところだ。　　つづく

罵られている間ももんじろうは、ひっくり返りそうな胃袋から、ジリジリ這い登ってくる熱い物体をなだめすかしているのであろうか──、あるいは彼岸の岸辺に向かって、さんずの川を渡っているのだろうか──、ピクリとも動かない。　ボートから突き出した竿には、仕掛けのサビキが付いているようだが、糸を垂らした形跡はない。　サビキ釣りはオキアミをコマセ籠に入れ、静かに沈めていき、コマセ籠からこぼれるオキアミで魚を寄せる。　サビキ針には魚がエビと間違えるような、小さなサバ皮などが括り付けてある。　散らばったオキアミの中に、このサビキを垂らして誘うと、アジやサバ、ハギ、鯛などが食いつく。　サビキ針は一本の道糸に数本仕掛けるので、食いが立ったアジやサバが一度に数匹かかってくる事も珍しくない。　この食いが立った状態になると、針だけで誘っても釣れ出したりする。　魚の群れが興奮して、見境なく食いつくかららしい。　　つづく　　

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