作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　もんじろうの章〈魚釣り編〉”６”

炎天下に焼かれ、大気は熱風を孕む。　もんじろうが携帯していた水筒は、数滴残すだけという状態になった。　陽炎が立ち登る作業場では、立ち働く男達の影が切れ切れになって見え、時に蜃気楼の中に溶け込んで見えた。　わずかな日影さえない砂利山に倒れたまま、もんじろうは火竜サラマンダーと戦う幻覚を見た。　サラマンダーが吐き出す熱風は、横たわったもんじろうの体から容赦なく水分を奪い取る。　（もう駄目かもしれない……　もう家には帰れない……　さらば愛しき人よ……）　などと考えていたかどうか、それさえも定かでない。　閉じた瞼を通して、なお眩しい太陽──　それがフッと陰った。　薄目を開けた。　たくましい男の影が、もんじろうの顔を覗き込んでいた。　「兄ちゃん、時間ぞ。帰るき船に乗りない」　（やった！　やっと帰れる）　玄界灘を紅く染め上げ、ゆっくりと沈みゆく太陽は、過酷な現場で最後まで戦ったもんじろうを祝福しているようだ。　「元気になったら、また来ない」　そう言って監督から渡された封筒には１万５千円が入っていた。　もんじろうは思った。　（倒れながらも頑張り通した、ボクを見ていてくれてたんだ。　だからこんなにお金をくれ、又来いと言ってくれたんだ。　よし！　元気になったらまた行こう）　社交辞令をまだ知らないもんじろうは、監督の気持ちに答えるべく決意だけはするにはしたが、二度と人工島のに足を踏み入れることはなかった。　　つづく　　　

それにしても寝ているだけでお金が貰え、アジが釣れるもんじろうは、やはり特殊な星の下に生まれてきたのではなかろうか。　どこか常人離れした風貌と、その行動を説明するには、そのような運命論を持ち出す方がスッキリする。　この日はアジ５匹の釣果で終わった。　が、もんじろうの強運の星は、船長の船で玄界灘に出た時、その持てる力を最大限に発揮するのだ。　ところで懸命に仕掛けを、あれこれいじくっていたヨーイチローはというと、ボーズであった。　寡黙なまでに押し黙ったまま、つねに試行錯誤を繰り返すヨーイチローは、理工系の思考回路を持っていた。　やがて、自分が決めたある研究のために単身中国に渡り、中国国内を西から東に、さらに南から北へと探検して廻るのだが、その行動原理は理系の研究者のものだった。　　つづく

ヨーイチローは漢方薬をもっと知りたくて、中国に数年間滞在していた。　漢方薬の勉強がどれくらい進んだのかは知らないが、中国が驚異的な発展を遂げ、変化していく過程での「目撃者」の一人になったことは間違いない。　ヨーイチローの証言によると北京は、１００階を越える高層ビルが林立しているという。　地震がないので耐震設計が必要なく、建築スピードがメチャメチャ速く、安価でできるのが理由らしい。　今では北京は、福岡天神など足元にも及ばないほどの高層ビル群が建ち並ぶ、大都会になっているのだ。　中国滞在中のヨーイチローが、たまに日本に帰ってきて、比較的お金持ちの親戚と食事をしたりすると「中国は食べ物がないとやろ？」とかの会話が飛び交うそうだ。　「どうやって説明していいのか、戸惑ってしまいますよ。もう、中国では桁外れの金持ちが、どんどん生まれてるということを言っても、信じてもらえんと思いますよ」　──大都会『北京』──　その路地裏では「やっぱり中国やね」と納得させられる商売が行われていた。　その素顔をヨーイチローは見た！　　つづく　　　　

『四つ足で、中国人が食べないのは机だけ』といわれ、食べることに関しての貪欲さは古くから有名だ。　特に四川の市場を歩くと、食材が生きたまま売られている。　その中には鶏は勿論、ネズミや猫、蛇、犬などがいて、ペットを売っているのかと錯覚しそうだという。　保存設備がないのだから、生きたままが一番新鮮であることは頷ける。　注文があると、棍棒で頭を叩いて潰して売る。　実にシンプルだ。　しかし、急速な都市化が進む北京では、このような野蛮な市場はない。　市場はないが、地方から流れ込んでくる人々の食習慣は変わらないのだから、ちゃんとニーズに応える人達が現れる。　ビル群をちょっと入り込むと、車で犬を売りに来る人がいるそうだ。　勿論ペットなどではない。　その一部始終をヨーイチローは見た！　　つづく　

リッチになった北京では、ペットブームが起きている。　それを当て込んで高級犬を育てて、商売にしようと目論む人が少なくない。　しかし、純血種の犬は少なく、ちょっと別の血が混じっているため、大きくなったら違う犬になることが多いのだ。　リッチを謳歌するための高級犬であるのに、雑種ではカッコが付かない。　雑種であることが発覚した犬は、容赦なく捨てられるらしい。　哀れ野良犬となった高級犬もどきの犬は、一体どうなるのか──　保健所が安楽死を与えてくれる日本とは違う。　中国にそんな行き届いた行政サービスは考えられない。　彼らの落ち行く先、それは……　一時はリッチマンのペットとして、天国のような生活をしていた彼ら、高級犬もどき達は、一転、食料として狙われる運命が待ち受けているのであった。　つづく

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