恋に燃えるアンドンの第１関門──　「昔の男に話を付ける」という危険な作戦を成功させるために、私は戦法を考えなければならなくなった。　問題は相手の男がどんな性格なのかということだ。　すぐに刃物を持ち出すような凶暴な男だったら、最悪の結果として新聞沙汰を覚悟しなければならない。　『大学生、色恋沙汰で刺される！』　とかいう見出しが、三面記事の片隅に載るかもしれないのだ。　警察からの事情聴取には私も付き合わされ、「近頃の大学生は良い身分じゃのう。　勉強もせんで、三角関係の揉め事か？　あん？　お前も関係ある女か。　そしたら四角関係ちゅうことか。　乱れとるのう」とか言いながら、カツ丼を食わされ、痛くもな腹を探られるのだ。　そんな失態で、これからの人生を棒に振るのは、絶対に避けなければならない。　私にはまだやり残した事が沢山あるのだ。　　つづく

「その男について、どげなんことを教えてもろうた？」　「働きよる店の名前と住所……かな」　「他には──」　「他にねえ……。なんかあったかのう」　なにか思い出すふうの表情を見せるアンドンではあったが、おそらく何も出てくるまいと思った。　ダジャレを交えて一方的にしゃべりまくり、マユミが笑うと何かしらの得点が加算されるとでも思っている程度の恋愛感覚で、いそいそとあしげく通っていたに違いないのだ。　もしアンドンに『この女を自分のものにする』という下心が、最初のうちからあったなら、もっと様々な情報をなにげに聞き出していたはずだ。　マユミの女心もそれを感じ取って、恋愛対象としてアンドンに対処しただろう。　マユミはアンドンを、ただの話友達と見ていたのではなかろうか。　純朴なアンドンがいきなり「付き合うちくりぃ」とか言い出したもんだから、これを機会に自分の身の回りを整理するつもりになったと、私は見たのだ。　　つづく

何か思い付いたのか、苦しげに考えていたアンドンの眉根がパッとひらいた。　「そうそう、家が床屋しよるち言いよったなあ」　「床屋？　跡継ぎか？」　「うんうん、そうそう、家業を継ぐのに修行しよるとか話よった。　エライやろ？　とか俺に自慢するもんやきたい、俺もなんかカーッと熱うなったんたい。　クヤシーちゅう気持ちがボッと湧いてたい。　いや、そればっかりでマユミに、付き合うちくりぃ、とか言うたんと違うざい──」　アンドンはのろけ話にもならない自分の心情を説明し続けたが、私は別のことを考えていた。　アンドンの思い出した情報で、男はかなり堅実的な思考をする人間ではないかと判断できたのだ。　　つづく　　

少なくとも一時の感情で、自分の人生設計を狂わせるような男ではないようだ。　私は男とマユミの関係を、大雑把に想像してみた。　──二人は飯塚にある専門学校で知り合った。　マユミは美容師を、男は理容師をめざしていた。　二人は十代の人間がする、ごく普通の恋愛を楽しんだ。　やがて男は跡継ぎとしての準備を始めるために、北九州の大きな理容室で修行を始めた。　そこで経営者としての心構えを叩き込まれ、ひと皮もふた皮もむけた大人に変貌していった。　いっぽうマユミは地元の小さな美容室で、お手伝い程度の仕事をする見習い美容師のまま、精神的にも成長出来ないで、忙しくなった男に拗ねてみたりするようになった。　もうじき店を継ぐ男にとってマユミは、やる気を無くした、輝きのない、足手まといな女に感じられるようになった。　こうして男はマユミとの距離を置くようになっていった……。　こんな感じか──。　　つづく　

もしも私の想像通りであれば、男はアンドンというスケープゴートの出現に、内心ほくそ笑むかもしれない。　だがそれは、男のライバル心を刺激しないというのが条件だ。　もし男が「こんな奴に負けたくない」などという感情を持ち、喧嘩腰でアンドンに向かってきたら『大学生、色恋沙汰の末、刺される！』の三面記事も現実味を帯びてくる。　私は取調室でカツ丼を食わなければならなくなるのだ。　かといって、モミ手をしながら「マユミと別れち、くれませんですかい」などとは、いくらアンドンでも言いたくないに決まってる。　作戦は間違っても男の痴情に触れることなく、男の出方をコントロールする所にポイントを絞らねばならない。　　つづく