『攻撃は最大の防御』という──。　男が動くより先に、こちらが行動を起こすこと……、それが相手の動きを封じ込める最強の策になる。　男はマユミからアンドンのことを訊いたはずだ。　店の住所を教えたこと、アンドンがいずれ話しに行くだろうことなどを、言い寄られて心が揺れているような、勿体つけた口ぶりで伝えただろうことは容易に想像がつく。　男は内心、ドキリとしたはずだ。　こちらが男の性格について、あれこれ想像しているのと同じように、むこうも（凶暴な奴やったらどうしよう……。　社会的に無くすものが少ない大学生が刃物もって暴れたら、考えなしに斬りつけてくるかもしれん。　下手すれば刺し殺されるかもしれんやんか……。　そしたら三面記事に『大学生との痴話喧嘩の末、刺し殺される』とか書かれて、むこうは大学生Ａとか名前が伏せられ、殺された俺だけ名前と写真が載るかもしれん。　そげな理不尽なことがあるか？　俺は被害者ぜ……）などと、思考を巡らせているに違いない。　　つづく　　

「明日行くぞ」　私が言うと、わずかに驚いた表情を見せたアンドンだったが、にわかに絞り出した勇気を眼光に漲らせ「明日かい？」と繰り返した。　「おう！　先の先たい。　相手が日時を指定してくるより先に、こっちが動く。　主導権をこっちが握るとたい。　心の準備をする暇を与えんのが作戦ちゅうことたい。　明日の昼頃に行くっちゅうことだけ、彼女に伝えさせちょく。　そうなったら男は内心、不安でいっぱいになるやろ」　「そやな」　「こっちはむこうの状況をゆっくりと観察する事ができるやろ。　なんちゅうたっちゃ仕事中やから」　「そうたいね」　「相手の動きを見ることができるこっちと、いつ来るやもしれん人間を待つ身のむこうとでは、優勢と劣勢がハッキリしとろうが」　「心理戦ちゅうこつか」　「おう！　そうたい。　あとは頃合いを見計らって電話を入れ、表に呼び出す。　ビクビクしながら出てきた男に『アンタがマユミの彼氏な？　なーもいわんで、綺麗に別れちゃんない』ち、ドスを効かせてゆっくりと言うとたい。　男は女を差し出す事で、その場を穏便に済まそうとする心理が働くやろ。　そしたら案外『もうマユミとは付き合っていません』とか泣きを入れるかもしれんぞ」　「そうやな！　こりゃかなり上手くいきそうな作戦きゃ」　　つづく

ホンダＺ独特のポルシェパターンのギアをセカンドに入れ、アンドンはゆっくりと理髪店の前を通過した。　ドアはスモークが張ったような、濃い色のガラスで、中の様子はよく見えない。　この理髪店にマユミの彼氏が働いているのだ。　歩道沿いにあるその店は何の変哲もない、どこの街中にでもある普通の床屋だった。　商店街のようではあるが、アーケードがあるわけではなく、古くは市場から発展してきたような雑然とした街並みだ。　アンドンが自動販売機を並べた、タバコ屋の傍にホンダＺを停車させた。　正面に理髪店のドアが見える。　私はハイライトの箱からタバコを一本摘み出し、唇に挟んだ。　カーラジオの隣の、タバコの絵が刻んであるボタンを押し込む。　バネが軋む音がして、スイッチが入った。　　つづく　　

真っ赤に焼けた電熱線式のシガーライターを、タバコの先端に押し当て、強く吸い込んで火を点けた。　──《ベイとマユミのくつろぎ３時〜》　時報を合図にFM福岡の人気ラジオ番組が始まった。　かっこいいとはいえないが、どこか田舎っぽい構成に親近感が持てるという、不思議な魅力の番組だ。　FM放送自体が始まって、まだ間もないのだから、それも仕方ない。　ラジオ放送といえば「オールナイト日本」というのが、我々の世代なのだ。　あんな強烈な個性のDJが繰り広げる番組と比べていては、地方局は成り立たなくなる。　そんなことを考えながら私は、ラジオから流れ出るBGMとお喋りを聞き流していた。　アンドンは押し黙ったまま、前方を見つめていた。　　つづく