「アタシ達、本当に別れるの？」　「もう、昔みたいになれないのは、マユミにも分かっているだろ」　「そうね、これまでも何度もやり直してみたもんね。　……」　「泣くなよ、元の同級生に戻るだけじゃないか」　「そうよね、二度と会えないわけじゃないし……、泣いちゃ可笑しいよね。　アタシがいつまでも大人になれないから、こうなちゃったんだもんね」　涙を指先で拭うマユミ。　不自然に明るい声で──　「どうだった？　カッコイイ男でしょ。　背は高いし──。　アタシに一生懸命なんだ」　「あの大学生か。　イイ奴じゃないか。　普通、女から頼まれたからって、昔の彼氏、呼び出したりはしないぜ。　度胸座ってるというか、どこまでも真っ直ぐなんだろうな」　「そうかな？　そうだね、アンタにそう言われると、なんだか吹っ切れた気がする。　上手くやっていけるよね」　「マユミのこと、大事にしてくれるよう頼んどいたから、きっと幸せにしてくれるさ」　「──アンタ……」　見つめるマユミの目に、再び惜別の涙が光る──　
こんな感じかな？　　つづく　

なにはともあれ、アンドンには念願の彼女ができた。　男女の秘め事に関しては情報が断片化し、はっきりしたことは伝わってこないが、その後のアンドンの表情と、顔の脂の乗りから察するところ、アンドンの猿化はかなりのスピードで進行したと想像できた。　男の性エネルギーが、その人生の内で、もっともピークを迎える年齢だ。　猿化したアンドンを特別視することはできない。　だが、微妙な女心の揺らぎを知らぬまま爆走してしまうと、悲しい末路がその先に待っている。　アンドンがマユミに対して、どのような態度で接していたのか──　そのことが、マユミの心にどのような変化をもたらしたのか──　結末から遡ってみるしか、確かめる方法はない。　　つづく　

アンドンの恋の結末──　その日、自慢の愛車ホンダＺで、マユミとドライブへ出かけた。　アンドンはアンドンなりに、マユミの心の在処がつかめず、思い悩んでいたのかも知れない。　（ドライブでも誘って気分を変えれば、機嫌もよくなるさ）　女心の深層が見えないアンドンは、ありきたりのデートしか思いつかなかったらしく、目的地のないドライブを敢行した。　それでも、最初のうちは狙い通り、車内の雰囲気は良かった。　ホンダＺはスクーターのようなエンジン音を高らかに上げ、快調に走り続ける。　心地良い初秋の風が、車窓をくぐり抜けていく。　マユミの髪は美しく波打っていた。　　つづく　　

盆地の中に位置する筑豊の街──　遠賀川沿いに芦屋漁港へ抜ける以外は、すべて険しい峠を越えなければならない。　この峠越えをするには、この時期の軽自動車にはきつかった。　加速をつけて坂道へ突入し、トップからセカンド、ローへとシフトダウンして、なんとか失速を逃れようと足掻く、軽自動車達……（シフトギアは３段だった）　エンジンを全開にして、白煙をモウモウと吹き、雄叫びを上げる軽自動車の姿を、目を瞑ると今も瞼に浮かべることができる。　それでも、これよりほんの少し前までは、ミッション自体がチャチで、「ギアが噛んだ！」という悲鳴をよく聞いた。　ギアが異常な状態で噛み合ったまま、二度と動かなくなることで、ミッションを乗せ替えなければならない。　さすがにホンダＺが誕生した頃はそうしたトラブルはなくなっていたが、急な坂道では相変わらず、苦戦を強いられる軽自動車は多かった。　　つづく

心地よさそうなマユミの横顔──　（もっと遠くへ連れて行ってあげたい）　清冽とも言える２人の時間が、アンドンに風流人の心を芽生えさせた。　峠の涼やかな空気を、一杯に開け放った車窓から取り込めば、マユミをもっと喜ばせることができる。　山の空気の素晴らしさを知り尽くしている、アンドンならではの思い付きだ。　ホンダZは快調な走りを見せている。　「ちょっと足を伸ばしてみらんかい？」　「どこに？」　「空気の綺麗な所、知っちょんき」　マユミは軽く頷いた。　──空気の綺麗なところ……、それは高い山の上を意味する。　いくら調子が良いとはいえ、ホンダZは軽自動車だ。　アンドン１人ならまだしも、２人乗りで大丈夫なのだろうか……　　つづく