この冒険旅行の目的の１つに、私の淡い恋の物語がからんでいた。　中学の時に転校していった、同じバスケットクラブにいた女の子を訪ねて行くというものだった。　フクシマというあだ名で呼ばれていた、この子の本名は記憶にない。　お父さんが自衛隊員で転勤が多く、中学一年の時に福島県から転校して来て、卒業の時期に大村市に転校していったのだ。　福島県から転校してきたからフクシマというのも、スポーツクラブにありがちな色気のなさだ。　それにしても何故、彼女と連絡が取れたのだろうか──　交際していた訳でもないのに。　考えられるのは、私が転校生という存在に対して、過剰にロマンチズムを感じてしまうという癖が出て、手紙をせがんだのかも知れない。　そう、私は転校生に惚れやすい性癖の持ち主なのだ。　　つづく

こう書いている間に、ホコリまみれの記憶の片隅から、一枚の写真が浮かび上がってきた。　少し大きめの紺のブレザーにクッキリと浮かぶ白いボタン、後方には桜が咲き、シナを作るでもなしに突っ立ったまま、ニッコリと笑うフクシマの姿……　あれは何の写真だったのだろかと、あれこれ考えていくうち、ハタと思い浮かんだ。　後ろの桜は大村桜という珍しい桜で、花が二重に重なって咲く珍種であることをフクシマに教えてもらったのだ。　となると紺のブレザーは高校の制服で、少し大きめなのは、まだまだ大きくなるであろうことを見越してのことだろう。　おそらく中学３学期末に転校したフクシマが、大村のどこかの高校に入学し、大村公園に咲き誇る大村桜をバックに撮影した。　その時の記念写真だったのだ。　手紙と一緒に送ってきたその写真を、穴が開くほど隅から隅まで、じっくり見たものだから、私の記憶の壁に染みついていたのだ。　嗚呼、遠い彼方へ消えていった、淡い青春の残像。　つづく

兎にも角にも、何らかの方法でフクシマと連絡がとれたのだろう、途中で大村に立ち寄ることになった。　見知らぬ土地で高校生になったフクシマに会うことを思うと、その変化を想像して、疼くような胸のときめきを感じたものだ。　大村に立ち寄るとなると冒険のルートは、唐津、松浦、平戸から南下して佐世保、大村、長崎、島原、八代、鹿児島ということになる。　２万円でどこまで行けるか──　途中のトラブルなどに対する想像力が乏しかった分、下調べもない、怖いもの知らずで、行き当たりばったりの旅であった。　唯一、計画性のある事といえば、フクシマに会う事だけだ。　　つづく

大村に立ち寄る計画は私が決めたことで、Ｍボチャンの了解を得ていない。　西九州から回って行く程度の打ち合わせだけをした。　出発後、平戸あたりで「これから知り合いの所に立ち寄ろう」と持ちかけるつもりだ。　私は認識では、この旅はあくまでも冒険であって、個人的に誰かを訪ねるような質のものではない。　であるからフクシマのことは、ふと思い出した程度に振る舞っておきたかったのだ。　仮にＭボチャンが私と同じ事を言い出したら、私は断るだろう。　Ｍボチャンにとって会いたかった人であっても、私にとってその人は初対面の何者でもないのだから。　最悪、蚊帳の外になりかねない。　私と同じ思考がＭボチャンに働いた場合、はたしてＭボチャンが快く付き合ってくれるかどうかだが、私には自信があった。　フクシマは女だからだ。　Ｍボチャンはこういった面では、かなり分かりやすい男なのだ。　　つづく

決行の朝が来た。　私はザックを背負い、５キロほどある新飯塚駅までの道のりを歩いた。　カニ族がよく被るチューリップハットと厚底の靴で装備を固め、朝日が昇る中を歩いた。　ポケットには２週間の労働の結晶、２万円がある。　この２万円を細かくし、まず、鹿児島から直行で帰ってこられるお金を別にして、厳重に保管する。　すべてを使い切って、どうしよもない事態になれば、それはただの家出になってしまう。　冒険とは最悪の事態に備え、必ず無事に帰ってくる努力をしなければならない。　それは比較的低い山を登る時と同じだ。　気軽に登れるからと、なんの装備もなしで福知山には入り、高校生２人が死んだのは、この時ではまだ新しい話だった。　どんなことでも想像力の欠落は、自分の身を危うくするのだ。　　つづく

ここまでの装備と心構えを持ってしていれば、不測の事態はかなりの確率で回避できるだろう。　大きなリュックを背負い、厚底の靴を踏みしめていると、一歩一歩になにかしらの意味を感じる気がした。　「まっすぐな道は　さびしい」　一句、浮かんだが山頭火のパクリであることに、すぐ気が付いた。　放浪の歌人とまではいかずとも、心が何かを捕らえ、感じようとしていた。　ようやく新飯塚駅が見えた。　あれに見えるのが、わが人生で最初になる冒険の始発点だ。　古い木造の駅舎に足を踏み込むと、饐えた匂いがヒヤリとした空気と共に鼻孔を刺激した。　Ｍボチャンはまだのようだ。　きっとＭボチャンも過酷なアルバイトで資金を作り、大きなリュック姿でそこの大きな出入り口から現れるのだろう。　その表情は引き締まり、大人びて見えるに違いない。　１つの目的に向かって事を積み上げていく地道な作業は、否が応でも人間を鍛え、大きくするものだ。　　つづく