作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　Ｔプリの章”２”

何食わぬ顔で教室に戻る途中、校内放送の曲が流れた。　マイクに息を吹きかける音が２度して、飾り気のない声で男の先生言った。　「Ｔプリ、ちょっと職員室に来なさい」　その一言でマイクのスイッチが切れた。　覗き仲間と顔を見合わせた。　「どういうこと？　何で俺ち分かるとやろ。　見られたとは片目だけばい。　それなとに、なんで俺ち決めつけるとやろか。　何か腹が立つ〜」　Ｔプリは自分の行いは棚に上げ、『犯人はあいつ』と決め撃ちする先生の態度に腹を立てた。　「眼鏡掛けちょる奴やらなんぼでもおるとに、なんですぐに俺だけを呼ぶと。　えん罪かもしれんやん」　考えてみると「覗き」…「眼鏡」…たったこれだけの判断材料でＴプリと決めつけるのは、当たっているとはいえ、先生の判断も相当強引だ。　しかも、校内放送で呼び出されては、いくらなんでもＴプリが可哀想というもんだ。　たとえそれが、身から出たサビとはいえども……。　　つづく　

節穴にまつわるＴプリの話がもう一つある。　Ｔプリが建設現場でアルバイトをしていた時のことだ。　建設現場はどこでも同じように、地下足袋姿のおいちゃん達と、もんぺ姿のおばちゃんが大多数を占めている。　若い者と言えば大学出たての現場監督か、Ｔプリのようなアルバイト学生だけだ。　こうした環境の中では若いというだけで、おいちゃん達のオモチャにされる。　アルバイト学生などはせいぜい下ネタの洗礼を受ける程度で済むのだが、大学出たての若手現場監督は悲惨だ。　チャンスさえあればイビってやろう考えているおいちゃん達は、大学では習わない意味不明の言語をあえて使う。　現場独特の用語なのだが、それを使ってどれだけの現場経験があるかを見るのだ。　気の弱い監督などは、この時点で広げた図面に涙を零すことも稀ではない。　　つづく　　

こんなワイルドな建築現場に、どうしたことか若い女の子がアルバイトに来るようになった。　野獣の群れにウサギが紛れ込んだのだ。　だがこの野獣達は、遠巻きにしながら女の子を観察するだけで、チョッカイを出さなかった。　それは女の子を守るように、おばちゃん達が鉄壁の守りを築いているからだ。　おいちゃん達は何とかそのスキを狙うが、ガードを崩すことが出来ない。　みんな諦めた。　だがその時、一人のおいちゃんにチャンスが訪れた。　昼ご飯が終わって、ほとんどの者が昼寝をしていた時のことだ。　女の子がおばちゃんのガードから離れ、簡易トイレに入るのを見掛けたのだ。　そしてこれがＴプリに悲劇をもたらす。　　つづく　　

おいちゃんは忍び足で、簡易トイレに近づいた。　簡易トイレの壁は板が張りで出来ていた。　前々からおいちゃんは、壁に開いた小さな節穴の存在を知っていたのだ。　おいちゃんが無事トイレまでたどり着き、節穴から覗こうとした時、たまたま散歩していたＴプリと目があった。　おいちゃんはこの絶好の機会を、Ｔプリにも分けてあげようと思った。　おいちゃんが手の平をヒラヒラさせて、Ｔプリを呼んだ。　何のことか分からないＴプリが、近寄ろうとすると、おいちゃんが人差し指を唇の前に立て、「しー」というサインを出した。　なんだかウキウキしてきたＴプリは、嬉しさを噛み殺した顔をして、抜き足、差し足と近づいたのだった。　　つづく　

板壁にたどり着くとおいちゃんが節穴を指さし、ヤニで黄色くなった歯をむき出して下品な笑い顔を作った。　穴の向こうにあるが何であるのか知らないが、卑猥なものであることは想像できる。　おいちゃんが這うような格好で尻を持ち上げ、地面すれすれの節穴を覗いて「オー！」と聞こえる息を吐いた。　Tプリも屈み込んではいたが、そんな格好をして何を覗いているのか、それの方が気になった。　屈んだTプリのちょうど目の高さに、小さな節穴があった。　眼鏡のズレを直し、慎重に目を節穴に持っていった。　外の明るさに慣れたTプリの目には、真っ暗にしか見えない小部屋が映った。　　つづく

暗闇の中で何かが動いた。　次の瞬間、その影が悲鳴をあげた。　「キャー、誰か覗きよるー！」　「わー」　その声に弾かれて、Tプリは尻餅をついた。　おいちゃんは板壁沿いに、素早く這って脱出した。　見つかった際の脱出方法を考えていたに違いない。　内側からの節穴で制限された視界を、離脱すればいいのだ。　ところが心構えがなかったTプリは、クルリと背中を向けて、そのまま真っ直ぐに走り出した。　板壁の内側からは、慌てふためいて逃げていく、Tプリの後ろ姿がはっきりと確認できた。　女の子の悲鳴を聞きつけて、おばちゃん達が駆けつけた。　「どげしたとねー！」　　つづく

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