作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　Ｔプリの章”６”

ドアの閉まる音がした。　全員が耳を澄ませる。　悲鳴が聞こえないところをみると、どうやらTプリはケダモノになることもなく、紳士的な行動を取っているらしい。　「いいレコードがあるんだ。イーグルスって知ってる？　そうそう、あのバンドがいい曲出したんだ。ちょっと聞いてみる？　もうちょっとこっちに座ったらいいよ。あんまりボリューム上げられないじゃん。じゃあ掛けるよ。（レコードの針を置く）横に座っていいかな。あははは、何もするわけないじゃん……」（以上は、Tプリのクセを知り尽くしている仲間が、その行動パターンから弾き出した、かなり可能性の高い想像）　ともあれ『呪われた夜』のイントロが、Tプリの部屋から流れてきだした。　　つづく

この『呪われた夜』が流れているということは、扉の向こうではTプリの武器である、バリトンを彼女の耳元で響かせ、口説き倒しているということだ。　いよいよ曲がエンディングを迎えようとしている。　待機している全員がゆっくりと立ち上がり、予定の行動を取る用意を始めた。　曲が終わった。　Tプリの完璧な作戦は成功したようだ。　「キスぐらいしたやろうね」　誰かが下品な笑い方をした。　そう言われて、壁一枚隔てた向こうで行われた生々しい行為を、全員が想像する。　みんな下品な笑い方をした。　　つづく　

５分も待っただろうか、そろそろ行動を起こしてもいいんじゃないか、という雰囲気になった。　「よし、もういいやろ」　と、部屋を出ようとした時、音楽が聞こえてきた。　それは紛れもなく『呪われた夜』だった。　全員が顔を見合わせた。　「どういうことやろ」　「まだ、入ってくるな、ちゅうことやないか」　「口説き落とせてないちゅうことやろか」　「そうやないか」　「しょうがない、待ちょくか」　「まあ考えてみりゃ、１０分そこらで口説き落とすちゅうのは、Tプリには難しかろや」　Tプリの作戦がすんなりと行かなかったことに、なんとなく全員が救われた気がした。　Tプリに彼女ができるかもしれないという事態に、全員が微かな嫉妬を感じていたからである。　　つづく

曲が終わった。　やれやれといった面持ちで、全員が立ち上がった。　誰かか「ふっ」と吹き出した。　「なん？」　「いや、もう一回掛かったらギャグやな、と思うてね」　「そうやね、バッテンいくらＴプリでも、それはなかろう。同じ曲ばっかり掛けたら、彼女がなんでやろ？と思うやろ。その時点で作戦失敗ちゅうこっちゃ」　「そげそげ」と全員が笑ったとき、三度目のイントロが流れ出した。　「うそやろ、まだ諦めんとか」　「たまらんなあ、隣の部屋で待っちょる俺達の身になってくれぇ」　そんな呟きを『呪われた夜』はかき消していく。　　つづく

「またばい。また掛かりよるばい」　「本当やが。だいたいなんをしよるとやろか」　Ｔプリが彼女と部屋に入ってから『呪われた夜』は２時間近くも鳴り止まない。ここまで来たら、もうミステリーだ。　『呪われた夜』が終わったら部屋に入ってくるように言ったＴプリは、いったい彼女とどうなってしまったのだろうか。　２時間近くも口説き続けているのか、あるいは彼女が『呪われた夜』を気に入ってしまい、リクエストに応えているのか……、まさかとは思うが、仲間を待たせたまま自分だけ気持ちいいことをしている事はあるまい……　まさかとは思うが……。　　つづく　

Tプリは『呪われた夜』を掛け続けた２時間の間、いったい何をしていたのだろう？　この謎は未だに秘密のベールに包まれ、様々な憶測を呼んでいる。　ただはっきりしている事は、部屋に彼女と籠もって、何をしているのか分からないTプリを、隣の部屋で２時間待ち続けた男達がいたと言うことだ。　それも人の彼女を見せて貰うためだけにだ。　ヒマ人と言ってしまえばそれまでだが、一つの目的のために、これだけの男が情熱を傾ける──　何事にもひたむきな世代、恋愛に真剣な年齢であった、ということだろう。　……と思う。　つづく

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