作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　Ｔプリの章”９”

Tプリが友情のために下着を盗んだ。　下着泥棒は普通、自分の欲望を慰めるために行う。　だが、この友情に厚いTプリは違った。　友達の心情を思い、下着泥棒に手を染めたのだ。　友達はウマチャンといった。　ウマチャンは隣のお姉さんに恋していた。　多くの思春期の男が経験する、甘酸っぱくも切ない恋心……　『隣のお姉さん』はその代名詞なのだ。　その日、ウマチャンの恋の病を心配して、友達が家に集まっていた。　ウマチャンは息苦しい心の内を、集まった仲間に訥々と話して訊かせながら、どうせ叶わぬ恋と自分に言い聞かせていた。　　つづく、　　

当時の『隣のお姉さん』とは、あくまでも健康的な大人の女性でなければならない。　たとえば「時間ですよ」というドラマで、物干し台や屋根の上で、ちょっと音を外した調子で「あの子はどこの子〜」と歌う、浅田美代子がそれだった。　それから、海辺の木陰で、水着の上からはいていたジーパンをコソコソと脱ぐ仕草が健康的だった、宮崎美子もその中に数えられた。　要するに「大人の躰を持った妖精」といった感じの存在が『隣のお姉さん』なのだ。　お色気は有っても、決して汚してはならない、あこがれのマドンナといったところだ。　　つづく　

隣のお姉さんの影が窓に映り、歌うような声が漏れ聞こえるたびに、ウマチャンは胸を締めつけられる。　彼女を花に喩えるとしたら何の花だろう。　ダリアのように派手な花ではなく、楚々とした雰囲気の花、ヤマユリとか月見草といった感じ……　ウマチャンが語る彼女への思いを聞きながら、「うんうん、分かる。分かるばい、ウマチャン」と仲間は何度も相づちを打っていた。　そこへＴプリが遊びに来た。　Ｔプリは深刻なその場の空気を察知した。　「どうしたん？」　「あのくさ、ウマチャンがくさ……」と恋に焦がれるウマチャンの心情を、みんなで説明した。　Tプリ腕組みしながら、何度も頷き「ウマチャン、苦しかろ？　せつなかろ？　うんうん分かるばい、ウマチャン。その気持ち、よう分かるばい」と、多大なる感情移入をするのだった。　　つづく

ここまでのＴプリの反応は普通であった。　だがＴプリと常人との発想の違いが、如実に表れるのはこれからだ。　Ｔプリはなんとか、ウマチャンの力になってやりたいと思った。　そのためにはとりあえず、そのお姉さんについての情報を得なければならない。　Ｔプリは裏口から出て、隣の家に探りを入れた。　できればお姉さんの姿を見てみたい。　外に出ると隣家との間は、人一人がやっと通ることが出来る幅の通路があり、それが家並みに沿ってクネクネと走っている。　この通路はちょうど家々の背中のようになっており、風通しか明かり取り程度の小窓がポツポツと、飾り気のないアルミサッシの四角くを、壁に貼り付けていた。　　つづく

問題のお姉さんの家を、Ｔプリは注意深く見た。　換気を目的とした、小さな押し出し窓──　磨りガラス張りのその窓際に、カゴ一杯に洗濯物が積まれているのを見てとる事が出来た。　Ｔプリは閃いた。　（もし、あの洗濯物の中に彼女の物があるのなら──　そして、その中のたった１枚でもいい、ウマチャンに持っていってあげることが出来たなら──）　どれほどウマチャンは喜ぶことだろう。　Ｔプリは押し出し窓の磨りガラスを透かし見ながら、注意深く観察した。　「おおっ！」と声にならない声を上げた。　なんと、ピシャリと閉まっているかに見えた押し出し窓に、鍵が掛かっていない！　Ｔプリは小躍りしながら、ウマチャンの家へと引き返した。　　つづく　　　　

みんなの待つ部屋へ駆け込みと「ウマチャン、今、喜ばしちゃるきね」とＴプリは言い「誰かドライバー持たん？　マイナスがいいとばってん」そう言って手を差し出した。　Ｔプリはマイナスのドライバーで、一体何をするつもりなのだろうと、誰しもが思った。　が、その勢いに押され、問いただすことが出来ない。　しかたなく、その中の一人が、車からドライバーを持ってきて手渡した。　ドライバーを受け取ったＴプリは、もう一度ウマチャンに言った。「ウマチャン、黙って俺に任せちょきない。絶対喜ばしちゃるきね」　困惑しながらもウマチャンは「うん、ありがと」と短く答えた。　それを訊くとＴプリは、勢いよく飛び出していった。　残された者達は言葉無く顔を見合わせていた。　　つづく

問題の小窓は、日頃開閉されていないのか、錆び付いたように固く閉ざされていた。　Ｔプリは最初、ドライバーをちょっと当てさえすれば、簡単に開くであろうと高を括っていたのだが、そんな力ではビクともしない。　そんな窓を前に「俺を本気にさせたね」と独り言を呟くＴプリ。　窓とその枠の間に、マイナスドライバーの先を垂直に当て、体重を掛けて差し込んだ。　先端を５ミリほど食い込ませた後、テコの原理を利用して、こじ開けるように下方に下げた。　わずかに窓が開く。　「ここまで来たらこっちのもんばい」　今度はドライバーを上に突き上げ、一気に窓を開けようと、両手で持ち、こん身の力を振り絞った。　　つづく　

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