作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　Ｔプリの章”３”

Tプリは建築資材の影に回り込んで座り込み、そこから様子を窺っていた。　おばちゃん達の大声が響き渡ってくる。　「なんね、便所を覗いた？　あのくりくり頭ね。　スケベそうな顔しちょるもんねえ。　ウチ前から思うよったんよ、絶対何かするち。　やっぱしたね。　思うたとおりバイ」　これをきっかけに、おばちゃん独特の話の展開が始まった。『前からそげ思いよった』『そげそげ、あたしもそうやないかねち、睨んじょったとたい』『ウチも、どうもあの目つきが気になっちょったとたい。ウチの尻をじーっと見よったもんねえ』『まー、あんたもまだまだ捨てたもんじゃいとやねえ。ギャハハハハ』『そりゃそうくさ、ウチの父ちゃんの一番のお気に入りバイ』『顔はいらんちゃろ』『手ぬぐい被せてしよらすバイ』『ギャーハハハハハ』と話がどんどん飛躍していく恐ろしい状態が、便所の廻りで盛り上がっていくのであった。　　つづく

どうしてこんなことになったのか……。　散歩の途中、あのおいちゃんと目が合ったことからTプリの運命は、なにか悪い冗談のような筋書きに通りに転がっていく。　「どうしてこうなるんだ。俺はなんにも見ちゃいないのに」　そして真犯人のおいちゃんは、どこかへ雲隠れしてしまった。　かといって、『おいちゃんから呼ばれて、節穴を覗きました』などと、今更弁解するのもみっともない気がする。　ここは男らしく堂々と振る舞おう……。　そう決心したTプリにおばちゃん達は「笑福亭ノゾキ」という芸名をつけてくれたのだった。　　つづく　　　　　

Tプリについて要領の悪い印象の話が続いたので、要領良く立ち回った話を紹介する。　Tプリが受験に失敗し、予備校に入った。　予備校の寮は厳しく、飲酒喫煙は即、退寮になる。　神経をすり減らす予備校の寮生活。　夜中どうしても煙草が欲しくなった喫煙習慣のある者達は、誰言うことなしに便所へ向かう。　その群れの中に、Tプリはいた。　無駄な会話はない。　「これ、ある？」　このふた言で意思の疎通ができるほど、単一の思考をするようになるのが予備校の寮なのだ。　便所へ着くと各自、個室に入る。　ひとときの開放感。　煙が便所全体に充満した時、入り口のドアが勢いよく開き、寮長の声が響き渡った。　「全員出てこい！」　　つづく　

絶体絶命！　各個室の喫煙者が慌てて水洗のレバーを引き、煙草を流す音を聞きき、Tプリは考えた。　とりあえずこの個室にいる限り、引っ張り出されることはない。　Tプリはジャージのズボンを下げ、ウンコをしながら外の様子を窺うことにした。　こんなとき慌てて行動を起こすのは愚か者だ。　「早く出てこい！」　ドスをきかせた寮長の声で観念した愚か者達が、しぶしぶドアを開ける。　「おまえ達、煙草吸いよったろ」　その時、一人の甲高い男の声がした。　「ボク、吸ってません」　「そしたら、誰が吸いよったとや」　「……」　「まあいい、おまえが言わんだっちゃ、ちゃんと分かるとたい」　勝ち誇ったような自信ありげな寮長の声が、ひときわ高く便所に響き渡った。　　つづく

寮長が命令した。　「用出しが済んだら、一人ずつ手を出して列べ」　この寮長にとって毎年くり返す、この時期の儀式なのだろう。　声に、どこか楽しんでいる感じがある。　何をするつもりなのだろう──　Tプリは研ぎ澄ました全神経を、外の気配に向ける。　「よし、次。　よし、次……」　と検閲しているらしい声。　Tプリの頭脳が回転する。　手を出させて列ばせ、何かをしている……。　『……そうか！』　Tプリは、放屁と同時に親指大の快便を放出した。　これで個室の煙草臭はかき消される。　『臭いだな！』　Tプリは寮長の作戦を完全に見抜き、その裏をかく奇策を思いついたのだ。　　つづく　

Tプリは寮長の作戦を見抜いた。　おそらく寮長はトイレの出口に立ち、一人一人の手の臭いを嗅ぎ、指先についた煙草の臭いを嗅いでいるのだ。　それならこっちにも考えがある。　Tプリはトイレットペーパーに穴を開け、そこに煙草の臭いが付いた指を突っ込んだ。　そしてその指を使ってウンコの後始末、尻拭きをダイレクトにやった。　指先に付いたウンコを、先ほどのトイレットペーパーで包み込むように拭き取り、もう一度それをくり返す。　仕込みは万全だ。　Tプリはニタリと笑った。　　つづく　

Tプリがドアを開け出口を見ると思った通り、寮長が一人一人手の臭いを嗅いで「よし、行ってよか。次」と犯人捜しを楽しんでいた。　その後方で萎れた朝顔のようになって立っているのは、煙草を分け合った２人の同士だった。　視線が合った。　次はおまえだぞ──　と目が言っている。　まあ見ていろ──とTプリは目で言ったが伝わらないようだったので、ニタリと笑って見せた。　何か勘違いしたのか、同士がムッとした顔をした。　取り繕おうとしたが、どうでもよくなって視線を外した。　もう、こいつ等と逢うことは２度とないだろう。　少なくともこの寮から消えてしまう顔なのだ。　愚か者め──　　　つづく　　

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