作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　Ｔプリの章”５”

寮長との水面下での駆け引きは、Ｔプリに軍配が上がった。　その代わりと言っては何だが、またもや受験に失敗。　Ｔプリの人生は迷走を始めた。　そのＴプリにどうやら彼女らしきものができた。　らしきというのは、まだ彼女になっていないからだ。　その女の子がＴプリの部屋へ遊びに来る約束をした。　Ｔプリはこれを脈ありと見た。　根拠はないが自信があった。　恋愛に真剣なＴプリは例の仲間に「彼女なっちゃ」と、照れながら紹介する自分の姿を想像した。　ワクワクした。　Ｔプリは彼女を口説き落としたその場で、みんなに紹介する作戦をたてた。　　つづく　　　

Ｔプリのたてた作戦とは、こうだ。　まず、仲間を別の部屋で待機させておく。　Ｔプリ自身は自分の部屋に彼女を誘い、レコードなんかを聴きながら口説く。　めでたくＯＫが出た時、偶然にも仲間が部屋へ訪ねてきたようにして彼女を紹介する。　彼女に「あの時、付き合ってもいいち言うたんは気の迷い。キャンセル……」とか言われないための『駄目押し作戦』なのだ。　しかし、仮に彼女が付き合うことにＯＫを出しても、別の部屋で隠れている仲間に、どうやってそのことを伝えればいいのだろうか……。　Ｔプリの頭脳にシミュレーションの映像が浮かぶ。　　つづく

彼女が部屋に入ってきた時、まず、どの位置に彼女を座らせるか……。　まさか、いきなりベッドの上に座らせては、下心を読まれてしまう。　彼女自身その気でも、気分を害するかもしれないような冒険は、極力避けなければならない。　「もう、何考えちょるん！」とか「あたし、そげな女じゃない」とか言われてしまえば、すべてが水泡と帰すのだ。　やはりここは紳士的に振る舞い、次にムードを盛り上げる。　そして何かの拍子に指と指が触れ、ハッと視線が合う。　見つめ合う二人……。　肩を抱き寄せると彼女が躰をあずけてくる。　合わさる唇……。　止まったような時間を音楽が静かに流れる──　こうしてＴプリの妄想は暴走を始め、どこまでもとどまるところを知らなかった。　　つづく　

Ｔプリの作戦は決まった。　彼女を部屋に誘ってからの細かい動きは、ここで話すことはできない。　すべてはＴプリの妄想の世界であり、とても作戦とは言い難いからだ。　とにもかくにも、その日が来た。　仲間を別の部屋に待機させ、彼女が来る前に打合せをする。　Ｔプリが練りに練った作戦、それは特定の音楽がキーワードとなる。　Ｔプリが彼女をくどき始めたら、特定の音楽が流れる。　もし、その曲が聞こえなくなったら、それはＯＫが出たという意味。　それを合図に偶然訪ねてきたふりをして部屋に入る。　Ｔプリが戸惑いながらも、全員に彼女を紹介する。　これで彼女の退路を断つ。　さすがというか、恋愛に真剣な男の考えることは、私のような凡人とはどこか違う。　　つづく　

作戦実行の日が来た。　Ｔプリはあらかじめ連絡していた仲間に、作戦の詳細を話した。　「俺が彼女を口説きよる間のＢＧＭはくさ、イーグルスの『呪われた夜』やきね。それが止んでから、偶然な顔をして訪ねてきてね。な〜ん、曲が終わるまでには、この作戦は終了しちょると思うばい」　と自信たっぷりなＴプリ──いったいどこから湧き出てくるエネルギーなのか、集まった仲間達には知るよしもないが、Ｔプリがこの作戦に掛ける意気込みは、ひしひしと肌に感じることができた。　それにしても女の子を口説くＢＧＭが『呪われた夜』とは、やはりＴプリの感性は常人では計り知れない。　　つづく　

外で声がした。　どうやら彼女が来たらしい。　全員配置に付く。　壁越しに、誘い入れるＴプリの声がする。　浮ついた声ではなく、トーンを落とした渋い声。　そうか、その路線で行くのか──　Ｔプリの声はどうしたわけか、バリトンを出すことができる。　バリトンはテノールより低く、バスより高い音域で、楽器ではサックスを思い浮かべることができる。　バリトンサックスでジャジーな音を出されると、とてもいやらしい気持ちになる。　Ｂ級エロ映画によく使われるのも、このバリトンサックスの息吹を多用した曲だ。　Ｔプリの作戦は自慢のバリトンを武器に、彼女をＢ級エロ映画の世界へ誘う｛いざなう｝つもりだ。　　つづく　　

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