作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　Ｔプリの章”１１”

Ｔプリの章の番外編になるが、Ｔプリには妹がいる。　彼女が選挙運動にかり出され、ウグイス嬢のアルバイトをした時の話。　高校生の彼女は、実は近眼で、普通は眼鏡を掛けている。　だがウグイス嬢という選挙の花形にせっかくなったのだからと、眼鏡を掛けずに選挙カーの乗り込んだのが間違いだった。　彼女は考えた。　ウグイス嬢と言えば「●●でございます！　あなたの●●がご挨拶に上がっております！」　などと連呼しながら、白い手袋をはめた手を振るだけなのだから、眼鏡で美貌を損ねない方が良いだろうと……。　彼女はＴプリの妹とは思えないほどの、美貌の持ち主であった。　もちろん、その美貌を見込んでの抜擢なのだから、眼鏡を外した事自体は正しい配慮ではある。　　つづく

彼女が考えた通り、ウグイス嬢の仕事は連呼である。　視力は関係ない。　しかし、地方選という狭い地域で選挙カーを走らせていると、他候補の選挙カーとすれ違ったりすることが少なくない。　そんなときには「●●候補の健闘をお祈りいたします」などと、心にもない言葉でのエールの交換をしあうのが習わしになっている。　彼女の読みの甘さが、そこにあった。　精一杯の微笑みを浮かべ、彼女が自陣営の候補者の名前を連呼していた時、「ほら、挨拶して」と横に座るおばちゃんが、前方を指さし、彼女に言うのだった。　見ると他候補の選挙カーが、白い手袋をした手を窓から突きだし、候補者の名前を連呼しながら近づいてくるところであった。　　つづく　

「ほら早く！」おばちゃんが急かす。　「はい」と切れの良い返事をしたのは良いが、眼鏡を掛けていない彼女の目に、相手候補の名前が見えない。　そうこうする間に、相手の宣伝カーが「ご健闘お祈りいたします」と挨拶してきた。　相手が挨拶してきたからには、それに答えねばならない。　彼女は反射的に「ありがとうございます。ありがとうございます」とお礼を言った。　すると、横からおばちゃんが「早く、健闘をお祈りしますち、いわんね」と怒鳴る。　もう何でもいいや──　「○○候補の健闘をお祈りします。頑張ってください」　車内中の視線が彼女に集中する。　「違う違う……」　おばちゃんが訂正しようとした時、相手のスピーカーから冷めた声が帰ってきた。　　つづく

「あー、○○候補ではありません。あー、××候補です」と、捨てぜりふを吐いて、その宣伝カーは走り去っていった。　走り去るその排気音が「ゆるさん！」と怒っていた。　車内に白けた空気が漂う。　誰かが咳払いをした。　そして何もなかったように、再び連呼が始まった。　『きっと、みんな、呆れてるんだ。この失敗を帳消しにするには、結果を出さないと──、さもないと、無能の烙印を押されてしまう』　無能の烙印など、完璧主義のこの美少女には堪えられないことだった。　『きっとチャンスは来る』　そう自分に言い聞かせ、前よりなお一層、元気よく、連呼する彼女であった。　　つづく　

名誉挽回のチャンスは案外早く来た。　宣伝カーが農村部を回っていた時のことだ。　刈り取りが終わった田圃の真ん中で、男性が一人、何かの作業をしている。　こんな時は声のトーンを変え「お仕事！　ご苦労様です！」と、心を込めて言わなければならない。　彼女は精一杯の明るい声で「お仕事！　頑張ってください！」と体を半分窓から出し、懸命に手を振りながら、背中を向けて作業をしている男性に言った。　すると、その懸命さが通じたのか、男性が左手を挙げ、手を振ってくれるではないか。　嬉しさが込み上げ、彼女は声を一段と高くして、それに答えた。　　つづく　

「ご声援！　ありがとうございます！　一生懸命頑張ります！」　彼女の懸命さが男性の通じたのか、上げた左腕を大きく振るではないか。　感動で思わず涙が零れそうになる。　『思いが人に届くということは、こんなに素晴らしいことなのか……』　彼女は精一杯の感謝の気持ちを込め、「頑張ります」を連呼し続けた。　彼女を乗せた宣伝カーは走り続ける。　だんだん離れていく男性に向かって、手を振る。　それに応え、男性が手を大きく振る。　彼女は車から身を乗り出し、声を張り上げ、さらに腕を振る──、　その様子はまるで、映画「慕情」のラストシーンのようであった。　　　　　つづく　　

だが、彼女の感動は全くの思いこみであった。　横に座る、おばちゃんがひと言「あんた、あの人立ち小便しよっただけやが。あんたが『ご苦労様です』やら言うき、『違う違う』ち手を挙げんしゃったと。そしたら、又、あんたが『ありがとうございます』とか言うて、手やら振るもんやき、『あっちに行け、はよ行け』ち、腕を振りあげて怒りんしゃったとばい」　そう言われて思い返せば、男性はずっと背中を向けたままだった。　そして左手を挙げたのは、右手は使える状態じゃなかったからということだろう。　彼女が名誉挽回のチャンスとばかりに、力を込めた感動の名場面は、こうして恥の上塗りという結果に……、そして、当の男性には迷惑な話となって、終わってしまったのである。　　つづく　

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