作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　Ｔプリの章”１０”

（なんち固いとか──）　Ｔプリはさらに力を込めた。　腕が小刻みに震える。　しかし、何かが引っかかっているのか、それ以上開く気配がない。　（ウマチャン、待っちょきないよ──）　Ｔプリはウマチャンが喜ぶ姿を思い浮かべた。　（絶対開けちゃるきね、ウマチャン──）　そう心で念じると、力が湧いてきた。　この時、Ｔプリの思考は『窓を開ける』→『彼女の下着を取る』→『ウマチャン喜ぶ』という、実にシンプルな状態になっていた。　下着が欲しいなどと、ウマチャンはひとことも言っていないのに、どこで、どうすり替わったのか、Ｔプリの頭の中はそういうことになっていた。　やはり、ちょっと変わっている。　呼吸を整えるとＴプリは、肘を壁に当て、腕全体をテコにして、残された最期の力を振り絞った。　（ウマチャン、俺に力を与えちゃんない──）と思ったかどうかは分からないが、それに近いことは考えたはずだ。　　つづく

突如、『ガシュッ』と音が頭に響き、額に衝撃が走った。　激痛と共に熱い物が顔を伝う。　窓が開くと同時に、ドライバーが額をかすめ、肉を切り裂いたのだ。　かなりの出血だ。　だが、吹き出す額の血も顧みずＴプリは、窓から手を突っ込み、洗濯物の山から手触りだけを頼りに、お姉さんの物であろうパンティーを抜き取った。　（やった！　これはお姉さんのに間違いない──）と思った。　根拠はオーデコロンの微かな香りだ。　若い女性が好む柑橘系の香りが染みついている。　血だらけの顔を破顔させ、Ｔプリはウマチャンの元へと駆けだした。　　つづく　　　

「ウマチャン、やったばい！」　小さな布切れを右手に握りしめ、Ｔプリが飛び込んできた。　その場の全員が驚いた。　血まみれの顔のＴプリが、興奮しきった目を見開き、笑っているのだ。　「どうしたと！？　その頭」　「うん？　ああ、これ」と額の傷に手を当て、「たいした事ないちゃ。心配せんでんよかよ」大口を開けて笑う。　「それよりウマチャン、ほら、これ。やったばい、匂い付きばい」　Tプリはそう言いながら、握り締めたパンティーに鼻を当て、大きく息を吸い込んだ。　「うん。間違いないばい、これ」　何が間違いないのか、意味が分からなかったウマチャンは、差し出された布切れを見て、驚きと驚愕の声を上げた。　「あんた、これどげしたと？」　　つづく　　　　　　　

驚いた顔でストップモーションのウマチャンの手を左手で取ると、Ｔプリは右手に握ったパンティーを、ウマチャンの右の手の平に握らせた。　「ウマチャン、なーも言わんで、黙って取っちょきない」　そう言って、「ポン」とパンティーを握ったウマチャンの手を叩いた。　その時のＴプリの表情は『ウマチャンの切ない気持ちは、よー分かちょるばい。お礼やら言わんでよかよ。友達やないね』と、目をキラキラさせて微笑んでいるのだ。　額から流れていた血も、どうやら止まりかけているらしく、血だらけの顔で、所々赤黒く凝固している。　見当違いの友情ではあったが、血まみれになりながらも、ここまでしてくれたＴプリの気持ちは嬉しい。　そんな気持ちを込めてウマチャンは言った。　「ありがとう……」　Ｔプリは首を横に振りながら「よかとやが、これくらい」と言って、もう一度パンティーの入ったウマチャンの手を「ポン」叩き、笑った。　　つづく　　

一週間が過ぎた。　額に大きな絆創膏を貼ったＴプリが、ウマチャンの様子を窺いに来た。　Ｔプリは思っていた。　きっとウマチャンは、幸せな一週間を過ごしたに違いないと……　そして今もお守りのように大事に扱われているであろうと……　「ウマチャン、あれ、どげした？」と意味深な微笑みを浮かべ、小声でＴプリが囁く。　その質問にウマチャンは戸惑った。　実はあの後、あんな物が家族に見つかっては大変と、密かに捨ててしまったのだ。　その事実を、大きな絆創膏を額に貼っているＴプリに向かって、打ち明ける勇気はウマチャンにはなかった。　あまりに残酷ではないか。　あれほど自分のために頑張って、パンティーを取ってきてくれたのに、その熱い友情と、世間体を、秤に掛けて捨ててしまった。　あのパンティーはＴプリの友情の証なのだ。　──それを自分の保身の為に捨てた。　ウマチャンはＴプリの目を見ることが出来ない。　不審に思ったＴプリが「ウマチャン、あれ、まさか、あれ……」と迫った。　堪えきれなくなったウマチャンが頭を下げた。　「ごめん。捨てた」　一瞬、Ｔプリの呼吸が止まる。　そして叫んだ。　「でやらんやきのー！」　ウマチャンは返す言葉もなく、もう一度、頭を下げたのだった。　　つづく

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