作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　もんじろうの章”８”

「あっ、そうて！」　なにか閃くものがあったのか、おもむろに立ち上がり、店の電話に手を伸ばした。　携帯電話の登場はまだまだ先の話だった頃の事だ。　どこかに電話をかけ、プーなんとかというミュージシャンの名前を訊ねている。　「あっ、そうそう、わかった」　と勢いよくカウンターに座ると、言った。　「あのね、えりこよ、えりこ・ぷらんくとん。知とう？　あれ、シブ〜やろ。かっこいぃーっちゃね」　『えりこ・ぷらんくとん』　どこかで聞いた名前だ。　私の記憶回路に引っかかる響き──　思い出そうとしている私の表情を見ながら、「なん？　知らんと？　ね、ね、知らんと」とSイカちゃんが優越感に満ちた声を出す。　「ギター弾きながら歌うとよ。もう、痺れるぅ〜みたいな感じ」　「！」　『ギター』というワードが合わさって、ようやく思い当たった。　『エリック・クラプトン』　彼女はプー、プー言いながら店に入って来て約３０分の間、ずっとクラプトンの話をしていたのだった。　　つづく

電話で教えてもらって、これだけの間違いをするのも珍しい。　ミュージシャンの名前の間違いに「サイモンとガールファンク」と言った奴もいた。　正解は「サイモンとガーファンクル」だ。　しかし私が聞いた、過去最強の間違いは、RCサクセションのイマワノキヨシロウについてだろう。　発言者はT市に住む、しのちゃん。　テレビに映る派手なメイクのミュージシャンを、お盆で集まった親戚が非難していた時のことだ。　「なんね、この男。化粧やらしてから」　それを聞いたしのちゃんは、ちょっと知ったかぶりをした。　「なん？　知らんとぉ？　この人有名なミュージシャンで、RCさせくしょん・なにわのきよしろうって言うとよ」　「へ〜」　皆の感心する声が心地よく耳に届いたそうな。　その話を「もう、なーも知らんとですよ、うちの親戚」と鼻の穴を広げて私に聞かせるしのちゃんに、２個所の間違いを指摘して上げなければなければならない私の辛さが、皆さんにお解りいただけるだろうか。　それにしてもイマワをナニワとは、間違えるにもほどがある！　　つづく　　

『なにわのきよしろう』と、『えりこ・ぷらんくとん』、間違いの凄さを比べたら、いったいどっちに軍配が上がるだろう。　甲乙つけがたしってところか──　話が逸れた。　この逸話でＳイカちゃんという女性の一面が、ご理解いただけたと思う。　もんじろうには一人の弟がいた。　弟はマチャアキといった。　兄貴の真似をしたわけではなかろうが、この時期、マチャアキは浪人生活を満喫していた。　その満喫度はかなりのもので、受験失敗の直後である予備校の入校式を、パチンコ朝イチ攻略のために欠席するほどだ。　物事をシリアスに考えないタチらしい。　熱しやすいもんじろうとは対照的に、クールな雰囲気をを漂わせるマチャアキは、ひとことで言うと、さすらいのギャンブラーという風貌であった。　　つづく

どうも今ひとつ締まらない、どこか不器用なもんじろうに対して、何事もそつなくこなすマチャアキ。　なかなかユニークな兄弟だ。　この兄弟とこんちゃん、そしてＳイカちゃんが、ちろりん村内の勢力図を塗り替え、中心的位置に座った。　もちろん、たまに顔を出す２０年来の古株には頭が上がらないのだが、全員の仕事が遠方になり、勢力圏にちょうど真空状態が生まれていたのだ。　姉御肌のＳイカちゃんは彼らをプチ奴隷として飼い慣らす一方、結構細やかな心遣いで、このデコボコグループをまとめあげていた。　　つづく　

プチ奴隷の仕事はＳイカちゃんの、お酒の相手をしなければならない。　その場合、楽しい雰囲気にしてあげなければならない。　盛り下がるような事態──たとえば、眠くなって途中で帰ったり、センスの悪い会話など──を招く行為は厳禁。　もし、そのような野暮を犯そうものなら「ちょっとぉ、どおゆう事ぉっ！」という枕詞を皮切りに、罵詈雑言を浴びせられる。　彼女はお酒を飲むと、陽気な女王様になるのだ。　その日もプチ奴隷達は、Ｓイカちゃんと楽しいお酒を飲んだ。　その後「あたしの部屋で、続きのお酒飲むからおいで」というＳイカちゃんの指令に、数人が付き従った。　その中には、もんじろうとマチャアキも含まれていた。　「キャッホー」と奇声を上げるＳイカちゃんを、ほんの５００メートルしか離れていないアパートまで、こんちゃんが車で送っていく。　この日も絶好調の女王様であった。　　つづく

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