作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　もんじろうの章”１０”

一瞬の静寂──　「アチチチチチチチ！」　白煙を上げる煙草の吸いかけを鼻から抜き取り、「ナンジャ、コリャ！」もんじろうは力任せに放り投げた。　そして何もなかったように、また眠りにつく。　その一連の騒動で目を醒ましたＳイカちゃんが、寝ぼけ眼を開けて二人を見た。　何事か叫びながら、もんじろうの煙草を投げる姿を、Ｓイカちゃんの霞んだ網膜が捕らえた。　だが意識が白濁していて、その意味を即座に理解することができない。　それがＳイカちゃんの悲劇を生む。　浅い夢の中でＳイカちゃんは考えていた。　（もんじろうは鼻の穴に煙草やら突っ込んで、何をしよるとやろか。　アチチチとか叫んだようやけど、火が点いてる方を鼻に突っ込んだとやろね。　バカやねえ）　そうこうしている間に、彼女の思考回路が立ちあがってきた。　　つづく　　　

目を瞑ったままＳイカちゃんはユラユラと思考を巡らせた。　（もんじろうの横にいたのはマチャアキか……　それにしてもあの兄弟、仲が良いのか悪いのか……）　はっきりしないと思った。　（弟は兄ちゃんを怒りあげるし、兄ちゃんはタジタジしてるし……）　煙草も弟のイタズラかもしれない。　（アチチチやら言うてから、バカばいねえ）　クスリと笑いが込み上げた。　そして続きを考えた。　（そういえばもんじろう、鼻から抜き取った煙草、火の点いたまま──！）　Ｓイカちゃんが跳ね起きた。　「ちょっと、あんた達、今、煙草、どこに投げた！？」　悲鳴に近い声を上げながらＳイカちゃんは、もんじろうが煙草を投げた方向に駆け寄った。　　つづく

いくらバブルが終わったとはいえ、高いものは高い。　デフレ経済といわれ始めるのは、この時からさらに４、５年先のこと。　２０代前半をバブルで過ごしたＳイカちゃんの衣装は、見た目で分かるほど高級品揃いだった。　１０万を下る物は、ほとんど持たなかったのではなかろうか。　その衣装の中にカシミヤのロングコートがあった。　２５万はするであろう濃紺の高級品だ。　ロングコートでありながら軽く、柔らかなシルエットが長身のＳイカちゃんの魅力引き出す。　このＳイカちゃん自慢のコートに、あろうことか、もんじろうの投げた煙草が命中、そのまま転がって煙を上げていたのだ。　「キャー！」　Ｓイカちゃんの悲鳴は当然であった。　　つづく

『補修代５万円』　この重い十字架をこの兄弟は背負わねばならない。　事態の深刻さを、まったく理解出来ていないもんじろうは「もういいよ」というＳイカちゃんの言葉にすっかり甘えた感じだ。　もんじろうにとって、夢うつつの出来事であるのだから、仕方ないといえば仕方ない。　その分、責め苦を一身に背負ったのは、直接の原因を作ったマチャアキであった。　だがしかし浪人生であるマチャアキが、５万の金を作ることは不可能であろうとＳイカちゃんは考え、弁償してもらうことはスッパリと諦めた。　やはり並みの女王様ではない。　だが並みでないといえば、マチャアキも並みの浪人生ではなかった。　　つづく　

その頃のパチンコにはモーニングサービスという、朝一番に回すとフィーバーがかかる、時間の有り余る者にとってはオイシイ設定がなされていた。　今の確変などというハイテクパチンコ台が登場する前の話だから、努力と根性と黄金の腕をもってして打たなければフィーバーはゲットできない。　当然、ハイエナ（誰かが打った後を狙う）行為が横行し、誰もが朝早くから投資を避ける。　モーニングサービスとは、夕方までガラガラの状態をなんとかしたいがために取られた、店側の苦肉の客寄せサービスであった。　しかし、そのような撒き餌など、さすらいのギャンブラー、マチャアキにとって子ども騙しに過ぎない。　朝イチ設定の台をローラー作戦で総ナメにする。　この絶対に負けないパチンコを可能にする為には、下っ端店員に舐められてはならない押しの強さと、それとは逆の、上役店員に決してプロとは思わせない謙虚な姿勢（取れるからといって乱獲をしない）が必要不可欠になる。　この絶妙なバランス感覚を持って、始めてモーニング攻略が完成されるのだった。　　つづく　　　　　

もんじろうのイビキから始まったこの騒動──、マチャアキはモーニング攻略でついに５万円を稼ぎ出し、自分なりにケジメを付けようと、Ｓイカちゃんに弁償を申し出た。　全く赤の他人であれば、さっさと受け取っても問題ない話だが、浪人生であり、かつ可愛いプチ奴隷の、マチャアキから貰える金額のお金ではない。　Ｓイカちゃんが困った視線を、チラリと私に向けた。　（マチャアキとＳイカちゃんの気持ちの折り合いを、うまく付ける手立てはないものか）　私は考えた。　Ｓイカちゃんがお金を受け取らなければ、マチャアキの後ろめたさは解消しない。　しかし、Ｓイカちゃんに受け取る気持ちはない。　この時私は思った。　（ここが思案の下関）と──　　つづく

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