作 やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説 筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】 ムクの章”３”
| ムクの章【１】【２】【３】【４】【５】【６】【７】【８】【９】【１０】【１１】【１２】【目次】 |
興奮しきったムクとは対照的に、我々３人は言葉を失っていた。 ４拍子のスイングに対して、１６ビートのチョッパーを喰らわせる恐るべき感性……。 プロペラ機の戦闘に、ステルス爆撃機で体当たりしてくるような、言い変えれば「ベースを抱いたテロリスト」 それはムク！ ３人は声を揃えて言った。 「ムク〜〜〜！」 そのあと、小突かれ、罵られようともムクのテロ行為は止まなかった。 「なんでか？ ムク。 なんでそげなん音しかでらんのか！」 ３人の非難を受けてムクは言った。 「このベースアンプ、俺の音にあわん」 ――そ、そ、そうじゃないだろぉぉぉぉ！ 翌日、ムクはアンプを返品した。 つづく
Ｙマハ主催のエルモーション・ラグ当日、ムクは文化センターのフロアに立っていた。 鍛え抜かれた親指が握っているのは、愛用のベースギター。 他の出演者に睨みを利かせならがら、「そら豆」のメンバー３人は控え室に向かう。 控え室にはすでに多数のチャレンジャー達がいた。 仲間とタイミングの打ち合わせをする者…、不安をうち消すかのように、大声で雑談をする者…、壁に向かって瞑想する者などがいた。 ムクは窓側に陣取り、その様子を見回した。 そして、彼らの親指を注意深く観察し、思った。 ――勝った。 少なくとも彼らの中には、ムクほどに親指を鍛えあげた者はいない。 ムクの頬に残忍な影が浮かんだ。 それは獲物を狩るピューマの表情にも似ていた。 つづく
ムクは静かに、ベースギターのソフトケースのチャックを開けた。 その姿はターゲットを仕留める前の、ゴルゴ１３であった。 取り出したベースに軽いキスをすると、愛おしむようにべースのネックを撫でた。 その手をこぶしに変え、更に鍛え抜かれた親指を立てた。 『ベチベチベチベチ……』 アンプに繋いでいなくとも、弦を打ち鳴らすムクのチョッパーは、部屋にいる者達を威嚇するに、十分な音をあげた。 そのときムクの背後から「チューニングしたほうがいいっちゃないと？」 と「そら豆」のメンバーの一人が言った。 次の瞬間、ムクの反射神経がその身体を反転させ、声の主に向かって攻撃の構えを取っていた。 「俺の背中に立つんじゃねえ」 そう言うとムクは、ベースに視線を落とした。 彼は「俺の背後に立つんじゃねえ」との言い間違いに、気づくことはなかった。 つづく
ムクの章【１】【２】【３】【４】【５】【６】【７】【８】【９】【１０】【１１】【１２】【目次】