作 やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説 筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】 ムクの章”１１”
| ムクの章【１】【２】【３】【４】【５】【６】【７】【８】【９】【１０】【１１】【１２】【目次】 |
ほとばしる蒼き性エネルギーはその人物を、思いきった行動に踏み切らせる力を持つ。 余談ながらある人物の話をする。 この人物は日頃まったく目立たない、貧弱な男で、女性からも軽くあしらわれていた。 大学生である彼のアパートには、やはり同じ大学生の、彼とは対極といえるモテモテ男が住んでいた。 入れ替わり立ち替わり訪れてくる女の群れ……。 彼はこの時ほど人生の不条理を感じたことはなかったという。 同じ年齢で、同じアパートに住み、同じ学校へ通いながら、この差はいったいどうしたことなのだ！と……。 そんな深刻な悩みとは考えもせず、部屋の前で鉢合わせた時、モテモテ男は軽い気持ちでからかった。 「お前のこと、好みのタイプて言いよる女がおるぜ」 「えっ」 「今日の夜、俺の部屋の布団の中で、待っとくそうぜ。もちろん俺は友達んとこ、行っとくたい」 「うそやろ」 「うそやあるか。鍵は開けとくそうぜ」 と言って遊びに出てた。 街の歩道を歩きながら、――女の顔も知らないのに、いくら何でもいきなり「布団で待つ」じゃ、信じるわけないか。 とモテモテ男は自分の言った冗談に、苦笑した。 つづく
その夜、昼間の冗談など、これっぽっちも気にかけていないモテモテ君は、問題の布団の中で眠ろうとしていた。 いや、すっかり忘れていた、といっては嘘になる。 心のどこかで――あいつは来るかも知れない、と思っていた。 それが証拠にドアの鍵を外している。 かといって特別期待しているわけでもなかった。 鍵を掛けないで寝ることは、しばしばあったからだ。 夜も深まり、モテモテ君がウトウトと寝入り始めたとき、玄関のドアがわずかに開いた。 何かを言う小声で目がさめた。 《すみません、こんばんわ》 かすれた吐息を巧みに使って、じわじわと部屋の中へ入ってくる影がある。 ――本当に来た！ モテモテ君は身を固くした。 身というのは特別な箇所ではないことを、モテモテ君も名誉のために付け加えておく。 そうこうしている間も真夜中の訪問者は、床を這いながら布団に近づいてくる。 ときおり《うふふ》と聞こえるのは嬉し笑いか。 昔の夜這いは、こんな感じで行われていたのかなどと、思いめぐらせているうち、訪問者の手が布団に掛かり、身体を滑り込ませてきた。 そのあと、いかが相成ったかについては、ここでは伏せることにしよう。 冷静に考えれば起こり得ない事も、蒼き性の前では信じられない展開になるという、一つの事例として話した。 つづく
ムクがEみこが漏らしたひとことで、ここまで蘇ってしまったのは、正直言って私の計算外だった。 こういう状況で見せる、信じられないようなパワーとツキは目を見張るものがある。 私はそれを警戒して「これで終わりね」と念を押した。 ムクにしても、これ以上のシッペは無理だと分かっていたようだ。 案の定、ムクのツキは凄かった。 ムクがゲームの合間合間に見せる嬉しそうな顔…… そして『うふふ』と、前歯から漏れ聞こえる笑い声…… ――嬉しいか、そうか嬉しいか。 私はなんだか愛おしい気持ちになった。 それはEみこも同じ気持ちのようであった。 こうしてムクの圧勝でゲームは終了した。 あとはムクが、待ちに待ったシッペがあるだけだ。 つづく
ムクは勝利に浮かれていた。 それはあまり美しい姿とはいえない、言ってしまえば礼を失す姿であった。 さらに言えば、こういうタイプの人間は自滅してしまうことがよくある。 『勝負に勝って自分に負けた』といった事例は、歴史を紐解くまでもなく、そこら中に転がっている。 あるボクサーが勝利の歓びを、バクテンで表現していて腕を骨折してしまった話などは、テレビで見ていて『馬鹿丸出し』と思わず言ってしまった。しかし、１０連敗の後の勝利となれば、ムクの歓びも仕方のないものかもしれない。 私はムクに急かされるまま、腕を出した。 その腕をつかむとムクは、鶏の皮でも剥ぐようにシャツの袖を、二の腕辺りまで押し上げた。 シッペをするのには、不必要な行為だった。 つづく
Eみこの表情に、不快な影が射す。 ムクの行為はたとえゲームとはいえ、あまりに礼を失した浮かれようだ。 ムクは私の手首をつかむと、スッポンの首でも引き出すようにして、自分のシッペがしやすい位置に据えた。 手首を握るムクの手は、私が逃げ出すとでも思っているのか、かなり強く握りしめられている。 それはちょうど、切腹直前の武士の両腕を、背中に向かって捻り上げ、頭を無理矢理突き出させて、罪人が如く打ち首にするような理不尽な行為であった。 この時点でもムクが、このまま素直にシッペを済ましていれば、ちろりん村の伝説として語り継がれるような事態は起きてなかったはずだ。 あろうことかムクは、スクッと椅子から立ち上がり、足を前後に広げ、さらに前に出した足を段差のついた一段上に据え、後ろ足を一段下に置いた。 その姿勢のまま私の手首を左手で持ち、体を開いて右手を頭上に上げた。 その姿はまるで、天に向かってまさに矢を射んとする、なんとかいうギリシャの神の姿を描いた、彫刻にも似ていた。 つづく
位置関係を詳しく説明する。 私は椅子に座りカウンターを、背にしていた。 カウンターの中にはEみこが、その様子を凝視していることが分かるのは、私の左側に立ったムクの目の動きだ。 意識していないふうを装おってはいても、ひとつひとつの動きの切れ目に、必ずチラッと視線を向けるからだ。 ムクは私の左腕をもてあそび、人差し指と中指の２本で、何度も狙いを定める格好をしては、軽く私の手首に指を置く。 『１発で１０発分、返してやる』との、意気込みと闘志がオーラとなって、ムクの全身から炎のように立ち登っている。 いよいよ気が満ちてきたのか、ムクの表情が険しくなった。 私の左手を握るムクの手に、力がこもる。 いったん沈み込んだムクの体がゆっくりと伸び上がり、右手が頭上高く上がっていった。 それと共に口が開いていき、目は私の左手首を見下ろしている。 それはまるで「あ」の形に口を開けた仁王像が、今にも私の手首を切り落とそうとしているようであった。 つづく
ムクの章【１】【２】【３】【４】【５】【６】【７】【８】【９】【１０】【１１】【１２】【目次】