作 やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説 筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】 ムクの章”７”
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言い争っている２人の話題も、それだった。 はたから見ると、たかだかそれくらいのことでと思ってしまうが、この時のムクは、あの忌まわしい出来事以来、お笑いの種になっている自分を、何とかしたいと思っていた。 自然と力が入り、語調もきつくなる。 だが、自分の方が明らかに正しいと思っているののちゃんは、ムクの意固地な態度に可愛げのなさを感じた。 全面衝突の語調になった。 「何を言いよるんか、ムク。エンジンの上にチェーンやら付けるわけ、なかろうもん！」 ムクはDOHCを「ダブル・オバー・ヘッド・チェーン」と言い張っているのだ。 もちろん「Ｃ」の意味はカムシャフトの意味で、最新のエンジンにチェーンなど付けては、「笑われるために開発されたエンジン」と言われても仕方がない。 しかし、ムクは自分の説を曲げようとはしない。 「ののさん、ナーもしらんちゃね」 ムクは小馬鹿にした笑いを鼻から漏らした。 つづく
ムクの名誉のために多少付け加えておくが、駆動部分にチェーンを使った車が全くないかというと、そうではない。 初期のホンダなどは自動二輪をベースに、軽自動車を開発したときは、そのままチェーンを使っていた。 しかし今や、車はコンピューター制御の時代。 「今度のエンジンには、チェーンを使ってみました」という謳い文句で車が売れるとは、とても思えない。 この頃注目を集めていたのは「ターボエンジン」。 それも１６バルブツインカムターボエンジン！というタフな奴。 ムクの言うアナログな部品は、どう転んでも入る余地がなかったのだ。 つづく
ムクは何につけても、一度言い出したら後に引かない男だった。 それはそれで結果が良ければいいのだが、なぜか素っ頓狂な事を言い出しては、失笑を買ってしまうのだ。 余談になるが、ムクの家は芦屋という漁港にあった。 飯塚から引っ越して間がないムクは、夜釣りに出ている漁船の灯りを見て 「やーすけさん、俺ンとこの家から見える海で、夜、密輸をしよるとですよ。いや、ほんと、ほんとですって」 実際何をやっているのか、確認したわけではないので、密輸船だと言い張るムクの意見を、完全に否定することはできないが、岸から見えるところで密輸をする、ずぼらな密輸団がいたらお目にかかりたい。 この時は「いりこでも密輸しよっちゃろ」と、やーすけにからかわれて終わった。 つづく
ムクはすでに、この論争に勝った気でいた。 小鼻を膨らませて、余裕をよそおうムクの態度に、ののちゃんのボルテージは上がる。が、勝った気のムクは、その話を聞こうとしない。 「ムク、おまえは何か勘違いしとう。おまえが言いよるチェーンちゃ、もしかしたら……」 言ってる途中で、ムクが言葉をかぶせた。 「ののさん、俺はちゃーんと見たとですよ。２本のチェーンが回りよるのを。チェーンが２本を、ダブルチェーンって英語で言うとですよ。それがエンジンの上んとこまでつながっとうから、ダブルオーバーヘッドチェーンって言うとですよ。もう、ナ〜〜〜〜もしらんちゃね、ののさんは」 と、ここで止めておけば良かった。 そうすれば、表面上の軍配がムクに上がっていたのだ。 言っても話を聞かないムクに、ののちゃんはあきらめかけていた。 その顔を見て勢いづいたムクは、カウンターの端で黙々と本を読んでいた、ミミスケに相づちを求めた。 「ね〜〜、ミミスケさん」 これがムクの運の尽きだった。 つづく
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