作 やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説 筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】 ムクの章”５”
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かつて舞台役者であった、私の経験から言わせてもらうと、舞台での動きは結果を計算して行う。 したがって舞台上で使う小道具で、無駄なモノはいっさいなく、場面転換する場合も、誰が何を持ち去るかまで決めてある。 ましてやモノを投げるシーンなどでは、何度となくテストをくり返すのだ。 さて、折れないギターの処理に困った彼の決断だが、会場全員の視線が集中してしまった、この巨大な厄介者を放棄したくなった気持ちはわかる。 そして、彼が描いたイメージはおそらく、防衛大学での卒業シーン。 あの「ウオー」と叫びながら帽子を投げる風景だったのだろう。 しかしモノは帽子などではなく、重たいエレキギターなのだ。 ドラムはハイハットとスネアのコンビネーションを、激しく叩いて曲のすべてを終わらせた。 が、そのとき空中に放たれたギターはまだ、上空をさまようように舞っていたのだった。 自らの着地地点を求めて……。 つづく
ギターはゆっくりと宙で舞い、回転しながら放物線を描いていた。 その方向には演奏が終わった後の、けだるい恍惚感に浸るドラムがいた。 その頭上目掛けて、さまよえるギターが落ちてきた。 『ドンガラガッシャーンンン！！！』 ハイハットやシンバルをなぎ倒しながら、太鼓でジャンプして床に着地した。 会場は悲鳴と怒号と笑い声で埋まり、飛び出してきた司会は「大変なことをやってくれましたぁー！」と、実況放送のようなセリフを並べて、爆発しそうな怒りを押さえつけるのが精一杯といった事態になったのだ。
その話を思い出したムクは、肩か外したベースギターを、ガッツポーズのように高々と持ち上げたまま固まってしまっていた。 つづく
その状態のまま、ムクは思考していた。
――なぜギターが折れなかったのか？ それはネックの中を通っている、鉄の芯を抜いていなかったからだ。 その不手際と無知が、伝説となったあの悪夢を、観客の前で現出させたのだという。 あの出来事はステージに立つ者達にとって、思いつきでやってはいけない、重大な戒め｛いましめ｝として、今日に語り継がれている。 そして今、自分はその轍｛てつ｝を踏もうとしている。 やめよう、ジミヘンは……。 しかしだ。このベースを握った腕はどうする……。 みんなが期待の目で見ているじゃないか。 やっぱり振り下ろすしかないか……。 １回だけだったら、何とか誤魔化せるかもしれない。 イヤ、そんなに甘くない！ その証拠に、すでに笑っている者がいるじゃないか……、ちくしょう……。
この複雑な思考をするのに、ムクの頭脳はフル回転し、かかった時間はわずか０．９６秒。 つづく
『…テ・ドン』と聞こえるドラムの音で曲が終わった。 ムクは素早くベースギターを持ち上げていた右腕を降ろし、代わりに拳を握った左腕を突き上げた。 ――やったー！なんとか誤魔化せた。コレでいい、コレでいいんだ……。 ムクは悲惨な結末を回避したことに歓喜した。 そのムクの心には、あの燃えたぎるような闘争心はすでにない。 究極の場面で、自分の身体が勝手に動き、自らの危機を脱出した、無意識の領域が持つセンスの良さに満足し、興奮した。 初めて自分を、ほめたいと思った。 思わず両腕を上げ、グリコのような格好をした。 そのままの格好でステージを降りていく途中で、笑い声に気づいた。 それも大勢の笑い声……。 ムクはハッと我に返った。 ――そうか！ バラードにガッツポーズはないやろ……。 それに気づいた瞬間、再び熱い怒りに火が点いた。 ――そうだ！ 当初の目的は、審査員の奴らにアッといわせるはずだったんだぁ……。 つづく
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