作 やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説 筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】 ムクの章”４”
| ムクの章【１】【２】【３】【４】【５】【６】【７】【８】【９】【１０】【１１】【１２】【目次】 |
コンテストのステージ上には、ドラムセットとそれにアンプが３っつ、据えてあった。 コンテストとはいえ、その味気なさは、どこか冷たく突き放した感じがした。 そのことが無言の圧力となって、チャレンジャー達を圧倒する。 その中で、ムクの燃えたぎる闘魂は目を引いた。 テーブルで、最後の親指の打ち込みを終えると、静かに出番を待つ。 その姿は、力石との対戦で真っ白に燃え尽きた、明日のジョーのようだった。 つづく
出番が来た。 どこか見下したような話し方をする司会に促され、ステージに上がったムクは、ちらりと審査員席を見た。 ３，４人の男達がテーブルの上に肘をつき、その指先に煙草を挟んでいた。 その雰囲気からして「そら豆」はまったく期待されていそうにない。 ――ちっくしょう、アッと言わしちゃる。 ムクは親指を立て、軽く素振りをした。 その間にも司会の軽妙なトークは進み、「それでは、そら豆の皆さん、お願いします」との言葉を残して消えた。 ステージ上にはアガリきったギターとドラム、そして意味の分からない闘志に燃えるムクが、股を開いて仁王立ちしていた。 曲は自作のバラードらしきもの。 しかし、ムクはバラード曲の、どこでチョッパーを炸裂させるつもりなのだろうか。 つづく
”君のハートがどうしたこうした……、 君にアイラブ〜ユ〜ンでなんたらかんたら……” 曲は決定的な盛り上がりに欠けたまま、とろろ芋のように流れていった。 『このままじゃ駄目だ』 焦ったムクは、ラストにかけた。 曲がエンディングに入った瞬間、自らの身体を大きく海老反り、ありったけのパワーを愛用のベースに叩きつけた。 ウーペッウッペウッペウッペ……。 音は何の脈絡もなく、突如、大音響となってアンプから放たれた。 『決まった』 会心の一撃を放ったムクはちらっと審査員席を見た。 白い歯が見えた。 ――笑われている？！ チックショー！ すでに飽和状態になっていた、引火性のムクのエネルギーに火がついた。 瞬間、ムクにジミー・ヘンドリクスの霊が降臨した。 ギターを焼いたり、叩き折ったりするステージパホーマンスで有名な、ジミヘンが乗り移ったのだ。 つづく
ムクは残響を続ける愛用のベースギターを肩から外し、振り上げようとした瞬間、その脳裏にののちゃんから聞いた話を思い出した。 ののちゃんの大学の同級生の話だ。 やはりコンテストに出ていて、ジミヘンよろしくギターを叩き折る事を計画した彼は、床には鉄板、ギターは演奏用とは別に、いらなくなったギターを、ステージの後ろに用意した。 いざ、曲のラストがきて、ドラムの乱打が始まった。 彼は勢い良くギターを振りあげ、鉄板に叩きつけた。 彼のイメージでは、ジミヘンのように折れたギターを手に提げた、カッコイイラストが訪れるはずだった。 が、折れてない。 もう一度叩きつけた。 でも折れない。 ドラムが何やってるんだという、視線を向けた。 「もう曲が終わる！」 そう思った瞬間、絶対折らなくてはという、一種のパニックが彼を襲った。 ガンガンガン……木屑が舞い、ギターを叩きつける怪音が、場内に響き渡る。 もう何をやっているステージなのか、分からなくなった。 彼も、なぜか折れないこのギターを、どう処理していいか分からなくなった。 やめるにも、今更やめられない、最悪の事態がステージ上で繰り広げられたのだ。 ギターを振り下ろしながら彼は思った。「捨てればいい」 この決断が彼を、さらなるドツボに落とし込むことになる。 つづく
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