作 やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説 筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】 ムクの章”８”
| ムクの章【１】【２】【３】【４】【５】【６】【７】【８】【９】【１０】【１１】【１２】【目次】 |
ミミスケ……、ちろりん村きっての論客……、自動車整備士全国大会優勝者……。 ミミスケについて話す。 ある日ミミスケが、Ｂストデンキの展示コーナーに並ぶ、バブリーな新製品を見ていた時、饒舌な店員が近づき、それはそれは熱い語り口で、語間に専門用語をキラキラとちりばめ、説明を始めた。 十数分に及ぶ新機能の説明を黙って聞くミミスケに、すっかり「形にハメた」とふんだ店員が 「……という、凄い機能が付いているんですよ。これは凄いですよ」 と最後の決めゼリフを言った。 次の瞬間、ミミスケの眼鏡が照明の強い明かりを反射させ、妖しい光を放った。 「うっ」 店員は身構えた。が、もう、逃れることはできない。 ミミスケの視線がターゲットにロックオンされた。 そして無情にも、店員がこれまで積み重ねた努力を、一瞬にして破壊してしまう強烈な一発が、二者の狭間にある凍り付いた空間に放たれた。 「――子供だましやね」 「あっうう」 店員の足がよろけ、半歩後退した。 目は焦点を失い、もごもごと口の中で言葉を転がす。 さらにその足は２歩３歩と後退していき、ついには蟹の横歩きのような中途半端な歩行で、何処へと消えていった。 ミミスケはたった一言で、Ｂストデンキが誇る有能な店員を廃人にしてしまったのだ。 そのミミスケにムクは、気安く相づちを求めている。 嗚呼、身の程知らずとは、まさにこのことである。 つづく
「ウム、確かにチェーンは使ってある」 「ほ〜らね」 ムクはミミスケという強力な味方を得た。 と思った。 「しかしそれは２本のカムシャフトを回転させるために、エンジンの回転を利用して……」 「？？？」 ムクの頭の中で木魚の音が響く。 永遠に続きそうなお経に聞こえる、ミミスケの専門的な解説に脳みそが瞑想状態になったのだ。 そして最後にミミスケの審判が下った。 「――であるからして、ムクが言うオーバーヘッドチェーンとか存在せん！ 笑われる！」 途端にムクの身体が丸まって見えた。 それは子供の頃見た、棒きれで追われて耳を倒し、尻尾を丸めて逃げる犬に似ていた。 同時にムクの口から音が漏れだした。 「ﾁｯﾁｯﾁｯﾁｯﾁ……」 つづく
斜め下からのぞき見るような視線、そして口元に浮かんだ敗者の愛想笑い……。 小鳥のさえずりにも似た、連続して出る舌打ちの音……。 そう、これこそが『ぎゃふ〜〜ん』と言ったときの、ムクの決まりポーズなのだ。 しかし今回の『ぎゃふ〜〜ん』は、名誉挽回を賭けていたムクの精神に、計り知れないダメージを与えた。 ムクは思った。 ――ひとり……、俺はひとりなっちゃが……。 そう実感した。 ムクはおもむろに愛車シティーのキーを握りしめ、店のドアに手を掛け、立ち止まった。 ムクがしばらくの間、その姿勢のままでいたのは、誰かの優しい言葉を期待したからかも知れない。 店内に流れるハイファイセットの卒業写真が、なぜか大きく聞こえた。 つづく
ムクは視線をカウンターの方へ向けた。 ――誰か止めてくれるかもしれない。 だが、その期待もむなしく、ミミスケは何事もなかったように、再び本に目を落としているし、ののちゃんはカウンターを指で叩きながら、ドラムの練習をしていた。 ――やっぱ、やっぱ、人間は一人なっちゃが！ そう感じた瞬間、ムクは店内に向かって言った。 「大風呂敷を広げても、人はゴミしか入れてくれんとよっ！」 言い終わるや否や、ムクは階段を駆け下り、シティーに乗り込んだ。 面食らった我々は、窓から様子をうかがった。 ムクのシティーは唸りを上げ芦屋方面へと走り出した。 我々はムクの言った、先ほどの訳の分からない言葉の意味を考えながら、それを見つめていた。 そのとき、シティーのナンバーが何故だか目に焼き付いた。 「８８６９」 そのとき誰かが呟いた。 「パーパームク……」 私は涙で目が霞んだ。 つづく
ムクの章【１】【２】【３】【４】【５】【６】【７】【８】【９】【１０】【１１】【１２】【目次】