作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　もんじろうの章〈魚釣り編〉”１１”

竿に伝わる感触は、カワハギなどのエサ取りと呼ばれる、口の小さい魚がつっついている感じで、アジなどの本命はなかなか食ってこない。　それでもポツリポツリと型の良いアジを釣り上げる事が出来た。　『ゴージャスな道糸のおかげかな』と、密かに私はほくそ笑んだ。　その時だった。　反対側で釣っているもんじろうが、船長からどやされた。　「おまえ、なんかその釣り方は！　コマセを籠に入れる所まではよかバッテン、するするーッチ底まで下ろしたかと思うたら、すぐ巻き上げてから。　そん後、どげするとやろか〜チ、見よったら、同じ事をずーっと繰り返しよるが──。　そげなんで釣れるわけないやないかー！」　もんじろうには津屋崎のボート釣りで、誘い方を教えるつもりだったが、もんじろうが船酔いで寝たままだったために、その機会を逸していた。　あの時寝たままで、しかもコマセも入れずにアジが５匹、鈴生りで釣れたことが結果的によくなかった。　もんじろうに『釣りって簡単』と勘違いさせてしまったらしい。　（コマセを入れないで釣れたのだから、たっぷり入れて下ろせば、大漁さ）と……。　　つづく

「底から１メートルんとこ、探ってみろ。　コゲーしてクサ。　これぐらい巻いて、コゲやって誘うとタイ。　分かったか！」　船長自身は優しく教えてやっているつもりらしいが、慣れてないもんじろうにとっては、とても怖い口調だ。　口元に不自然な愛想笑いを作ってはいるが、目には脅えの色が浮かび、眉尻が負け犬の尻尾のように下がっている。　もんじろうの表情から勝手に察するに（もし船長が教えてくれた釣り方で、何も釣ることが出来なかったら、どんな言葉で罵られるか……、考えただけでも恐ろしい）と思ったに違いない。　「オーマイガー！」と叫びたくなる事件は、こうした伏線があって起きたと考えられるからだ。　「オーマイガー事件」──　このあと、すぐだ。　　つづく　

もんじろうは船長から教えられた釣り方を忠実に守って、底から１メートル辺りを探っている。　しかし結果が出せない。　それはもんじろうだけではなく、船長もそうだった。　魚探を見ながら船長は「少し移動するバイ」と錨を上げず、微速で錨を引きずって移動を始めた。　私はもんじろうに竿を上げるように声を掛け、急いでリールを巻き上げた。　何故仕掛けを上げなければならないのかは、言うまでもないだろう。　こだわりの船長は魚探の画面を見ながら、魚影の濃い所を見つけて言った。　「よーし、よかバイ。　ちょっと釣ってみてんナイ」　エンジンはまだアイドリングを続け、魚の反応がなければすぐに動かせる状態だった。　　つづく　

船長からの合図で、私はリールのロックを外し、仕掛けを入れた。　リールのカウンターが２５で止まった。　水深２５メートルのポイントだ。　リールをロックし１メートル巻いて、竿を上下に誘ってみる。　仕掛けはサビキで、針は１６号が付いている。　普通の仕掛けは一番下にオモリを付け、サビキ、コマセ籠といった順番になるのだが、私のはコマセ籠にオモリを仕込み、一番下に付けている。　こうすることで、沈んでいく途中で零れるコマセの中にサビキが包まれ、どのタナに魚がいても、誘えることになる。　しかし、潮の流れが速かったり複雑だった場合、その理屈は成り立たないので、他の方法を考えなければならない。　釣りは決まった方法で釣らなければならないという事はなく、自分流でドンドン工夫していいのだ。　たとえばヘチ釣りというのがある。　防波堤のヘチに沿って、そーっと仕掛けを落とす釣り方なのだが、針にエサを付けただけの実にシンプルな仕掛けで釣る。　防波堤の壁から落ちてくるエサをついばんでいる、チヌやクロを狙うのだ。　さらに海底で落ちてくるエサに飛びつくアイナメなどを狙う際は、フワリフワリと沈む鉛板に針を付けたりする。　ブラクリウキと呼ばれている物だ。　こう考えてみると私の仕掛けが、特別突飛な物ではないことが分かって貰えることと思う。　　つづく

竿に神経を集中させて、ゴージャスな道糸からのメッセージを逃さぬよう、ピンと張った道糸が海面に突き刺さっている部分を見つめていた時だった。　「来た、！　来た！　大きい！」　もんじろうの悲鳴に似た声が聞こえた。　慌ててもんじろうを見ると、円月状にしなる竿を懸命に支え、道糸を巻き取ろうとリールのレバーを回している。　道糸が船の真下に伸びている。　強烈な引き──　スズキかヒラスか……　いや、あの引き具合からしてブリという事も考えられる。　興奮で紅潮するもんじろうの顔……　口元をへの字に曲げ、目を見開き、猛烈な引きに耐えている。　正体不明の超大物を、無事に釣り上げることが出来るのだろうか。　頑張れ！　もんじろう！　　つづく　　

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