作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　もんじろうの章〈魚釣り編〉”１３”

もんじろうが放つ無垢の視線──　その視線に操られるように、私は手にしていたゴージャス道糸を張った、中通し竿を差し出した。　中通し竿は道糸がリードに絡まったりする事を避けるために考え出された、ハイテク竿なのだ。　もう一本の予備で持ってきた竿を渡そうかとも考えたが、もんじろうの腕前ではハイテク竿ぐらいのハンディーは必要だと仏心を出してしまった。　「ほら、これで釣れ。　この道糸、高かったんぞ。　今日、初めて使いよるんやぞ」　未練たらしくも、恩着せがましく、私は竿を手渡した。　それだけのことを言われても、特別感慨も感じないのか、、それとも平常心を心がけているのか、淡々と竿を受け取ると、反対側の舷側からもんじろうが竿を出した。　（ちぇっ、俺が安い方の竿を使わないかんとか。　よかたい。　釣りは竿じゃないとよ）　船長の言葉を反芻して、私は予備の竿を手に取った。　　つづく

違う──　やはりゴージャス道糸とは全然違う。　だからというわけではなかろうが、全然アタリがこない。　その時、背後で「うお！」という、もんじろうの声がした。　振り返ると型の良いアジを３匹、嬉しそうに取り込むところだった。　（クソ！）　ここはどうしても負けるわけにはいかない。　タナを微妙に変えながら、指先に神経を集中する。　その甲斐あって、ようやくアジを１匹釣り上げた。　「わっ！」　また、背後で声がした。　振り返ると、しなった竿にしがみつくもんじろうがいた。　「なんか大きいのが食うたごとあるぅ」　確かに今度は大物のようだ。　竿のしなりと道糸の動きが普通じゃない。　「わーっ！　なんやろか！　これ」　そう言いながら取り込んだ魚は、なんとカンパチだった。　「おお！　スゲー！」　私は思わず声を上げた。　自分の竿はスクリューに搦め、他人の竿でカンパチを釣る──　強運の怪物が目を覚ました。　　つづく

海底の潮が動き出したとみた私は、中層から下を狙った。　アジの群れを狙って大物が集まってきているはずだ。　そして心のどこかに（もんじろうにカンパチが来たのなら、この竿がしなるのも時間の問題だ。　負けないぞー！）　「わー！　来たー！」　もんじろうが叫ぶ。　見ると、カンパチが竿を曲げ激しく暴れている。　（何故だー！）　思わず叫び声を上げそうになった。　私の仕掛けにはカンパチどころか、アジさえも食わなくなった。　おそらく潮が私の側から、もんじろうの方へ流れているのだろう。　流された私のコマセが、もんじろうの仕掛けを包んでいる状態だ。　それにしても立て続けにカンパチが２本だ。　なんという強運だ。　　つづく

さらに怪異現象は続く。　ほとんど反応がなくなった私の竿を横目に、もんじろうの竿にアジが入れ食いだした。　いったいどういうことだ。　腕の差などということは、決してないはずだ。　仕掛けは元々私の竿を貸したのだから、今持っている私の仕掛けと同じだ。　やはり道糸だろうか……　あのゴージャス道糸は光を反射せず、濡れるとダーク系に変色する。　魚に警戒心を与えない特徴を持つ道糸が、もんじろうに強運をもたらしているのだろうか……　そうこう考えている間も、耳障りな歓声を上げながら、アジを取り込んでいくもんじろう──　私の心に苛立ちが湧き起こり、やがてそれは野火のように広がっていった。　　つづく　

それはちょうど、パチンコで台を移動した後、誰かにすぐに大当たりを掛けられた時のような歯がゆさだ。　得てして、その大当たりを機に、爆発したりするのが世の常で、やり場のない苛立ちをさらに投資にぶっつけてしまい、泣きっ面に蜂といったことになる。　もんじろうの竿｛実は私の竿｝は爆発した。　「うわー、なんか変なのが来たー」　爆釣中のもんじろうが、裏返った声を上げた。　暇を持て余していた私は、「なんか！　どげしたとか！」と少々罵りの気持ちを込めて道糸の先を見た。　「うわー、な、なんかー、あれ」　その怪物体を見て、私は不覚にも声を裏返してしまった。　　つづく

どうやら魚であることには間違いないその怪物体は、巨大な口を持っていた。　そしてその口には魚の形をした舌が生えていた。　針はどうやら、その舌に食い込んでいるらしく、先端から糸がピンと飛び出していた。　騒ぎを聞きつけた船長が船尾から駆け寄ってきた。　一目見るなり「おおー、アラがアジに飛び付いて一緒に上がって来ちょる」と説明するでもなしに言った。　そう言われてよく見ると、魚の形をした舌に見えたのは、確かにアジだ。　──なるほど、そういうことか。　最初にアジが針掛かりし、アジを狙っていたアラが、その針掛かりしたアジに飛び付き飲み込んだ。　そのままもんじろうが巻き上げる仕掛けと一緒に、海面まで上がってきた。　その間に胃袋からアジが引っ張り出され、口の中から顔を出した状態が今の場面なのだ。　とすると、もんじろうがこのまま巻き続ければアジは完全に口から飛び出し、アラをバラすことになるわけだ。　　つづく

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