作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　もんじろうの章〈魚釣り編〉”１２”

必死の形相でもんじろうが、やもすれば持って行かれそうになる竿を握りしめる。　正体不明の大物はもの凄い力で海中深く、潜ろうとしているようだ。　竿先が激しく震えている。　「あっ！」　もんじろうが小さい声を出した。　竿の震えが止まった。　（バラしたか──）　謎の大物を釣り上げるには、少し仕掛けが簡単すぎた。　ガッカリした表情でもんじろうが糸を巻き上げる。　「ああ！」　今度は愕然とした声を出した。　道糸が途中で切れてしまっていて、サルカンという金具さえなくなっていた。　気を取り直して、もう一度、１から仕掛けを作り直すのかと思いきや、そのままスルスルとリールを巻き続け、竿に何カ所か付いているリードという糸通しからも道糸を外してしまった。　自分で何をしているのか分からないようだ。　考えてみればもんじろうは、サルカンの繋ぎ方を知らない。　仕掛けは全部、前日、私が作ってやったのもだった。　　つづく　　

──と、エンジン音が止まった。　「あ〜あ、やっちょ〜き」　船長が艫の隅に四角く開いた穴から下を覗き込み、、スクリューを見ながらひとりごちた。　「どうしたんですか？」　立ち上がりながら服を脱ぎ始める船長に、状況がつかめない私は戸惑い気味に訊いた。　「船を釣っちょんなるとタイ……」　（船を釣る？……　あっ！　もしかしたら、もんじろうの謎の大物っちゅうのは──。　仕掛けがスクリューに巻き付いたのを、奴が強烈な引きと勘違いしたということか──。　考えてみれば、道糸をぶち切るような大物釣りの仕掛けは針から違う。　万が一、そんな大物が今日の仕掛けに食いついたら道糸が切れる前に、針を曲げるか、ハリスを簡単に切ってしまうだろう。　それにしても何故、スクリューに巻き込まれたのだろう……　船が少し移動して、止まった後、私も同じように仕掛けを入れたが、それが流されるほど潮が早いとは感じなかったが……　あっ！　もんじろうの奴、仕掛けを上げるよう言ったのに、無精にも入れっぱなしにしていたのではなかろうか。　それで船が移動するにつれ、仕掛けが後ろに流され、さらには浮き上がってスクリューに巻き付いた──　そうに違いない！　そういうことだな！　もんじろう！）　そこまで考えついた私がもんじろうに目をやると、船長がスッポンポンの全裸になって「気持ちいいなあ」と水平線を見ている後ろ姿を、無邪気に笑いながら見ていた。　　つづく　

秋の玄界灘を渡る風に揺れるチ○ポを船長は握ると、海に向かって放尿を始めた。　そうしながら「キャビンにあるウエットスーツ、取っちゃってんナイ」と言う。　『海では何が起きるか分からん』と開き直った境地の船長は、オーマイガーな事が起きた後も平静だった。　「潜るんですか」　手渡したウエットスーツを着込みながら「俺が合図したら、そこの包丁を渡しちゃんナイ」と返事の代わりに言った。　その後、船の後部に開いた四角い穴に体を入れ、船長は慎重に体を降ろしていく。　これが映画だったら格好よく飛び込む所だろうが、冷たい海にいきなり飛び込むのは危ない。　船長はゆっくりと体を穴に沈め、ついには海に入った。　この四角い穴は普段、ウンコをする時に使用する穴で、直接海に落ちるようになっている。　「おーい、包丁、取っちゃんナイ」　船長の声に、私は穴に頭を突っ込み包丁を手渡した。　極力穴の廻りに触れないように、さりげなく気を付けた。　　つづく

しばらくすると、包丁と仕掛けの一部を船に投げ上げ、例の四角い穴から船長が這い上がってきた。　「やっぱ、寒いなあ」　ウエットスーツを脱ぎ、縮こまったチ○ポを手にすると、もう一度放尿を始めた。　「釣ってよかばい」　放尿しながら横を向き、私に言った。　「あっ、いいですか？」と答えはしたが、船長の小便が終わるまで、仕掛けを海に入れる気がしなかった。　ちょっとタイミングを外そうと、顔をもんじろうの方に向けた。　もんじろうは何をするわけでもなく、私と船長をぼーっと見ている。　（そうだ、こいつにひとこと言わなければならない。　とはいえ、このオーマイガー事件の原因をあげつらうのも、なんだか弱い物いじめしている木っ端役人のようで、いやだ。　もっと建設的で、それでいて反省を促す言い方はないか──。　そうだ、もんじろうは仕掛けを作れない。　その辺りを攻めよう）　私は意識的に軽い感じで言った。　「おい、ぽーっとしてないで、仕掛けを作らんか。　もう釣らんとか？」　　つづく　　

もんじろうが視線をこっちに向けた。　「……」　じっと見ている。　「……」　まだ、じっと見ている。　その目の奥には何の邪念も感じさせない、幼い子供が見せる純朴な戸惑いの色があった。　次にどうしたらいいのか、だただた指示を待っているのだ。　負けだ。　私の負けだ。　生半可なイヤミなど、もんじろうのツルリとした思考体系には意味をなさない。　仮に仕掛けを作るように指示したとしても、結局は私が作ることになるのだ。　なんという男だ。　大物なのか莫迦なのか判別しがたい。　得てして世の中、小賢しい事をチマチマ考える少しばかり賢い人間よりも、凡庸に見える人間の方に人望が集まる。　人徳があると言われる人は、大概の場合、損得の計算が頭にないものだ。　私はこの瞬間、もんじろうの無欲の境地に似た世界に触れた。　『やられた！』と思った。　　つづく　

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