フクシマの同級生が慣れた感じの軽い挨拶を、キッチンに向かってし、帰っていった。　言われるままにキッチンへ行くと、お父さんが座っている。　どうやら、一緒に夕飯を食べろということらしい。　自衛隊員らしく、威厳のあるお父さんだ。　だが始めて行った家で、そこの家族とご飯を食べるなど、私の能力の限界を遙かに越えた行為であり、想像できないことであった。　足下には私とＭボチャンの荷物が、重ねて置いてある。　Ｍボチャンと目があった。　（どうする？）とＭボチャンの目が訊く。　（帰ろう）と私は答える。　「いやもう、失礼します」と荷物に近づこうとすると、お母さんが有無も言わさぬ口調で言う。　「せっかく作ったのだから、食べなさい」　間髪入れずに「若い者が遠慮してはいかん」とお父さんが畳み込む。　思考回路の神経が飛んだ。　命ぜられるまま、我々は着席した。　　　つづく

それから──　私はどうしたのだろう？　Ｍボチャンがお父さんの話に、相づちを打ったり、控えめな笑い声を上げたりしている情景が網膜に映し出され、スクリーンを見つめる観客のような感覚になった。　どうして私は、ここに座っているのだろうか──　私はただ、フクシマの顔を見て、また汽車に乗るつもりだったのに、なぜかフクシマのお父さんの話を黙って聞いている。　ご飯を食べている。　Ｍボチャンの横顔を見た。　何かお父さんがさして面白くもない冗談を言ったのだろう、下を向いて鼻を掻きながら、困ったような愛想笑いを浮かべていた。　なんだか大人を感じさせた。　それから──　「お風呂に入って、今夜は泊まっていきなさい」と選択の余地もない言い方で、お父さんに指示された。　言われるままにＭボチャンとお風呂に入った。　風呂から上がろうとすると、Ｍボチャンが洗面器を片手に「風呂を上がる時には、こうやって浮いた髪やら垢を取らんといかん」と、器用な手つきで掬い取っていった。　私には考えも付かない気の配りようだった。　　　つづく

「どうする？　Ｍボチャン、泊まれちばい」　私の言葉のニュアンスを敏感に感じ取ったＭボチャンは、同意の表情を見せ、答える。　「断ろうや」　「そやね。断ろう」　こうしてフクシマ一家の、これ以上のご厚意はお断りすることにした。　だが、もしもこの時、相方が私ではなかったら、Ｍボチャンはどうしただろう。　実はこの翌年にＭボチャンは、中学時代の同級生と旅をしている。　その時のエピソードから、答えを導き出せるのではないだろうか。　方法とコースは今回と同じで、違うのは沖縄まで足を伸ばしたところだ。　今回の私との旅で、野宿のコツと気楽さを体得したＭボチャンに、怖いものは何もなかった。　さらに１年間という時間が「人の厚意は遠慮無く、甘んじて受ける」という、たくましさと図々しさをも兼ね備えさせた。　無敵である。　だがしかし、このたくましさがＭボチャンを、とんでもない危機に直面させることになるのであった。　　　つづく

野宿を繰り返し、ようやく鹿児島に着いたＭボチャンに、親切そうなおじさんが話しかけてきた。　「どこから来たとね？」　「福岡です」　「ほー、そりゃ遠くからよう来たね」　話していると、悪い人ではないようだ。　警察犬の訓練士をしているという部分も、Ｍボチャンを安心させた。　「ずっと、野宿だったら風呂も入ってないんだろ。今日は私ん所に泊まっていきなさい。一人住まいだから遠慮はいらんよ」　勿論、無敵のＭボチャンに遠慮などあろうはずがない。　「いいんですか？」と一応フェイントを入れ「ん〜、ま、いっか。じゃ、そうします」と付いて行った。　このように、考えたようでよく考えもせず、「じゃあ」　「まあ」　「いいか」となし崩しに事を運んでいくＭボチャンの行動を捉え、我々はこうとも呼んだ。　「ジャマイカ・Ｍボチャン」と──　　つづく

親切なそのおじさんは、夕食をご馳走してくれ、風呂も使わせてくれた。　ここまではフクシマの時と同じだ。　違うのはここからだ。　「泊まっていきなさい」とのお誘いを、遠慮無く受けたのだ。　男三人が、川の字になり寝ることになったのだが、親切なおじさんはＭボチャンに「これを着なさい」と、ステテコを差し出した。　そして、何故かしら「君は真ん中ね」と寝る位置まで指定する。　言われた通りＭボチャンは真ん中で、つまりおじさんの隣で横になった。　旅に出て野宿ばかりだったＭボチャン２人は、久しぶりの布団とあって、すぐに深い深い眠りに落ちたのだった。　　つづく

──夢を見ていた。　そよ風が優しく躰を愛撫して、疲れたＭボチャンをなぐさめていく。　風は足下から上半身へ向かい、ゆっくりと舐めていく。　そして顔にかかる風が……、風が……、生暖かい？　Ｍボチャンは胸の上に、重いモノが乗っていることに気づいた。　その重いモノが吐き出す生暖かい風が、顔にかかる。　それがすぐに、親切なおじさんであることに気づいた。　「うわー、なんしよるとな」　驚いたＭボチャンが声を上げた。　起きあがろうとすると、ステテコを脱がされていることに気づき愕然となった。　「うわー、やめてー」　貞操の危機を感じたＭボチャンは、声を裏返して抵抗した。　その声に興奮したのか、親切なおじさんは「いいやんか、いいやんか」と迫ってくる。　たまらず部屋の隅へ飛び退いた。　「ちぇっ」　獲物を逃したおじさんは、しかたなく好みではないＭボチャンの友達へと迫る。　友達はすぐに気づき、跳ね起きた。　「うわー」　状況が分からず部屋を見まわすと、隅の方でＭボチャンがうずくまっていた。　この時、Ｍボチャンがパンツを履いていたかどうかは定かではない。　「ステテコだけを脱がされた」というのが、Ｍボチャンの主張であることを述べておく。　　つづく