作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　かおすけの章”１”

墓穴を掘るという言葉がある。　自分で勝手に自滅することだ。　開店からすでに５年が過ぎた時、奴がちろりん村に来た。　やーすけ、ミミスケは大御所としての地位を不動のものにし、それまでの憧れの的だったＭぼちゃんの地位は、完全に浸食されていた頃だ。　やーすけが言った「越えてみれば、小さな山やったね」という、後世に語り継がれる名せりふは、このとき発せられたものだ。　凋落したＭぼちゃん人気は『遊び上手だけでは、男を上げる事は出来ない』そんな格言を、、新しくやってくる年下の男達に与えた。　やーすけ、ミミスケは彼らの憧れの兄貴分になった。　その若い男達の中に奴がいた。　長身ながらソフトな声を持ち、甘いマスクが人目を引く。　奴はちろりん村のスタッフになった。当然のように奴の存在は、女子高生の噂になった。　このままいけば奴の時代が来る、はずだった。　が、奴は墓穴を掘った。　「ミミスケさんは、どうしてミミスケと言うんですか？」　と奴が私に聞いた。「耳が大きいきて」　成る程といった面もちで、軽く奴が答えた。　「へー、俺、かおすけとか呼ばれたらどうしよう」　言われてみて、よーく見ると、確かに「デカイ！」　どうデカイかというと、縦にデカイ。　面長とかいうものでのなく、モアイ像のように縦にデカイ。　奴にとって悪夢のその日以来、奴は「かおすけ」と呼ばれ、お笑い系の、不完全な女子高生のアイドルになった。　　つづく　　　　

かおすけの顔の形状を説明するのに、丁度良い逸話がある。　かおすけはＭマツという友達に、顔のデカさを指摘された時、ムキになって否定した。　その頃はまだ、自分の特長をギャグにするほどには成長していなかったのだ。　ムキになって否定するかおすけの言動は、暴走気味に加熱してきた。　そして無謀な人体実験によって、自分の主張が正しいことを証明しようとした。　どのような実験かというと、Ｍマツのヘルメットをかぶるという、言ってみれば単純な実験だが、これほど残酷なことはない。　万が一そのヘルメットが入らない場合、Ｍマツに対して「顔のデカイ奴と言っても良いです免罪符」を進呈することになるからだ。　かおすけは崖っぷちに立たされたのだ。　　つづく　　

引くに引けない状況に陥ったかおすけに手渡されたヘルメットは、無情にもフルフェイスタイプのものであった。　「フルフェイス」……直訳すれば「顔全部」となる。　正統派ライダーは事故の怖さを甘く見ない。　軽く転んだだけでも、地球に頭突きをしかねない、バイクの不安定さを知っているからだ。　私の友人にスリッパを履き、原チャリでお買い物に出かけた男がいた。　原チャリと大排気量のバイクを比べた場合、どちらが安定しているかというと、断然後者の方が安定している。　その不安定な原チャリに、スリッパを履いて乗るなど、転倒の怖さを知らない奴と言われてもしかたない。　アスファルトには砂の吹き溜まりが、無数にある。　バイクや自転車にとって、この砂は怖い。　ちょっとしたタイミングやコーナーリングでスリップするのだ。　スリップするということは、それなりのスピードが出ていて、大概の場合「アスファルトを滑っていく」のだ。　そうなると、もう大根おろしか、擦りリンゴを覚悟しなければならない。　友人はコーナーで恐怖の砂につかまって、３、４メートルばかし滑った。　当然の結果として、足の指３本を擦りおろした。　これが顔なら、耳や鼻、顎がそうなる。　この怖さを正統派ライダーは知っているから、フルフェイスをかぶるのだ。　フルフェイスは、顔の大きさを比べるために作られたのではない。　が、今のかおすけにはフルフェイスは、意地悪なメジャーカップにしか見えなかった。　　つづく　

――どれくらいこうしているだろう…　耳は押しつぶされ聴覚を失い、頬の肉は押しつぶされている…　鼻が無事に機能していることは幸運だ……　下顎に圧迫感がないのは、ヘルメットのサイズが小さく、顎までとどいてないからだ…　いや、ヘルメットが小さいからと言うのはよそう。観念して「顔がデカイからだ」と素直に言ってしまおう…　意地を張らなければよかったのだ。そうすればこんな事にならずに済んだ…　顔全体が締め付けられる…　恐ろしい…　この小さなヘルメットをつけたまま、生きてゆかねばならないのか…　いや、いつかは取れるだろう。だが、いつまで我慢すればいいのだ…　Ｍマツが腹を抱えて笑い転げている。　わかった、お前の勝ちだ。　お前は俺を「デカイ顔した奴」と言うだけの権利がある。　オオ！　助けてくれるか、そっとやってくれ。　痛い！　耳が、耳が取れそう！　何！　取れない！　頼む！　Ｍマツ、首が取れてもいいから、引っ張ってくれ！　オオ！　そうだ！　肩に足をかければ取れるかも知れない。　なんて頭のいい奴なんだ。　ウッ！　グッグッグぐるしー！　や、やめてー！　　つづく　　

途切れがちになる意識の中でかおすけは、ずっと昔、どこかで経験したこの感覚の、記憶をたどっていた。　――デジャヴューとはこういう感覚のことをいうのか…　頭を強い力で締め付ける感覚…　苦しいがイヤな感覚ではない。　遠のく意識は決して混濁しているわけではなく、眠りのような透明な世界へ落ちる感覚…　Ｍマツが俺の肩を踏みつけ、懸命に引っ張っている。　力を込めるとき、取るリズムが心地いい。　イチ・ニイ・サンの「サン」に力を入れるのだ。　イチ・ニイ・サ〜ン　イチ・ニイ・サ〜ン　イチ・ニイ・サ〜ン　ヘルメットの締め付けが、上へ上へと移動していく。　最後に強い力がこめかみに掛かったとき、一瞬意識が飛んだ。　次の瞬間、ヘルメットが勢いよく抜け、大きな音が鼓膜を叩いた。　「やったー！」　Ｍマツが喜ぶ声がする。　かおすけは思い出した。　――どこかで経験した感覚だと思ったら、産道を通った記憶が蘇っていたのか…　喜ぶＭマツを見つめながら、満ちてくるかおすけの感情は、暖かく、さわやかだった。　　つづく　　　　　　

【0】もどる