作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　かおすけの章”１０”

１時間が経ち、ようやく東場が終わり南場に入った頃、玄関で人の気配がした。　見るとTオルとかおすけがヘコヘコと音を立てないよう、爪先歩きをしている。　「遊びに来ましたぁ」　どこからか空気が抜けているような声を、かおすけが出した。　遊びに来たはいいが、二人とも麻雀は出来ないはず……　何をしに来たのだろう？　といぶかしがっていると、奴らは「本当！　剣菱の超特級やがぁ」と声をあげた。　剣菱の格付けには２級というものはなく、１級、特級、超特級となっていて、いかにも高級そうなランク付けで、他メーカーとの差を意識させていた。　　つづく

どうやらこの二人、剣菱と焼き鳥の存在を聞きつけてやってきたらしい。　それが証拠に麻雀には目もくれず、「これ飲んでいいですかぁ？」と大事な剣菱超特級を片手で持ち上げる。　だめだと言ってもこいつらは「な〜んケチー事言いよるとですかぁ。いいやないですかぁ」と返事を待たず、飲み始めるに決まっている。　どうせそうなら太っ腹なところを見せた方が、私もあきらめがつくというものだ。　「おお、いいぞ」　「本当ですか、ヨッシャー」　私の後ろで酒を注ぐ音が聞こえる。　『ああ、私の剣菱……、さらば超特級……』　　つづく　

奴ら２人は遠慮している素振りを見せながらも、焼き鳥にまで手を出してきた。　酔いが回ってきたらしく、やたら声が大きい。　Ｔオルの笑い声が耳障りだ。　奴の笑い声はオカマのように裏返る。　麻雀は２時間ほどかけて半チャンが終わった。　今日は特別元気がいいカバ母が「もう半チャン」と言い出し、超スローモーな麻雀が再び始まった。　なにげに奴らを見ると、１升を転がして、２升目を開けている。　「お、おまえたち……」　弛みきった笑い顔にのＴオルが、完璧な酔眼でこっちを見た。　「これ、飲んでしまっていいですかぁ」　　つづく

正直言ってムカッとした。　とても味わって飲んでいるとは思えない。　酒の覚えたての時期にありがちな、短時間で飲んだ量をどうこう言う飲み方だ。　「おまえたち、そげな飲み方したら体壊すぞ」　そんな思いやりのある言葉をオブラートにして、酒を取り上げた。　１升と２合ばかしを胃袋に流し込まれてしまった。　失意のまなざしを焼き鳥の皿に落とした。　串しかない！　なんという奴らだ。　そのとき「リーチ」とヤースケが千点棒を出した。　「あーん、もう、ヤースケすっかーん。もうちょっとでテンパイなとにぃ。大きいとやろ？」　「いや、小さいっす」　「ほんとねえ？　この辺りが危ないっちゃね」　とカバ母が自分の配を指さす。　ここから長考が始まるのが、カバ母の麻雀なのだ。　　つづく

握った配を捨てるか捨てざるか──　カバ母の思案は１０数分に及んだ。　「ヤースケの待ちは、これやろうねえ」と言いながら、ポーカーフェイスを決め込むヤースケの表情を読もうとするカバ母の、巧みな神経戦……。　麻雀でありながら、もっと高度なゲームへと進化させるカバ母は偉大だ。　だがヤースケの演技力はその上をゆく。　「お母さん、それ通りますよ」　まるで配が見えるような口ぶりで言う。　だが捨てる決心がつかず、膠着していたカバ母の思考に、ヤースケの一言によって薄日が差しだした。　「ほんとね？」　「本当ですよ、当たったちゃ、小さい手ですよ」　この言葉で決心したカバ母が、ついに配を捨てた。　　つづく

「あっ、それ、当たりです」　ヤースケが落ち着いた低音を響かせ、ロンを宣言した。　「あーーん、もう、ヤースケ、すっかーーん！」　平手打ちの連打がヤースケの背中に炸裂する。　それに構わずヤースケが「メンタンピン、イーペーコー、ドラドラばんばんで、親ッパネです」　カバ母の平手打ちに力がこもる。　手が痛くなったのか、しぶしぶ点棒を出した。　これでカバ母の粘りの糸が切れたのか、スムーズに麻雀が流れ出した。　やがてオーラスを迎え、ヤースケの勝ちが見えてきた時、「ウプ、ウプ」という込み上げてくる何かに耐える声がする。　声の主はＴオルだった。　　つづく　　

喉元まで込み上げているらしい、さっき食ったばかりの焼き鳥と剣菱超特級を、動けなくなったＴオルが私の枕の上に、今にも吐き出そうとしていた。　「うわっ、こいつ、自分で指突っ込んで吐こうとしよる」　Ｔオルは吐き気から解放されようとして、自らの指を喉に突っ込んでいたのだ。　素早く焼き鳥が入っていた大皿を口の前に持ってくると、すっかり原型を失った焼き鳥が、音をあげながら勢いよく、元の皿の上に盛りあげられた。　「おまえー！」　と叫んだのはヤースケだった。　もう少しで勝利を手中にする寸前だったヤースケの怒りは、爆発した。　　つづく

「こいつら、送ってきます」と言うなり、ヤースケはかおすけに「連れ出せ」と命じた。　自力で立ち上がる事が出来ない、いわゆる酩酊してしまっているＴオルを、外に出すのは大変な作業だ。　「お願い、ここに寝かせてぇ。ここに泊めてぇ」と懇願するＴオルの「うるさい」と一括し、その足をかおすけに引かせ、階段を降りていく。　一段落ちるたびにあがる「痛い。お願い。泊めてぇ。ここに泊めてぇ。痛いぃ」の声が遠ざかる。　ヤースケが車のトランクを開けた。　「おい！　こん中に放り込め」　かおすけは言われるままに、自分と同罪の友達をトランクに放り込んだ。　　つづく　

【0】もどる