作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　かおすけの章”１４”

もしシンペーの脳味噌に操縦席があり、何者かが操縦していたとしたら、そのコントロールパネルのゲロ砲メーターは、１００％のゲージの部分を小刻みに震え、差し示していたことだろう。　そしてもし、シンペーに『食った物は、すべて消化して栄養にするものだ』をいう信仰を捨てることが出来ていれば、この時点で誰にも気づかれずにトイレでゲロり、爽やかな気分でＩケナガ君のカラオケにクラップハンドしながら、踊り狂っていたに違いない。　だがシンペーは食道への逆流エネルギーに堪えに堪え、１００％の噴射エネルギーをついには１２０％までの圧力に高めていったのである。　　つづく

この情景は「宇宙戦艦大和」が波動砲を発射する寸前、余りのエネルギーの強大さに、プラズマ状の光の玉が砲口部分で静かに乱舞する絵に似ている。　「シンペー、吐くとか？　吐くとか？　トイレ行け」　「キャー、カウンターで吐きんしゃんなよ」　明らかに秒読み段階に入っているシンペーに向かって、遠巻きにしながら思い思いの声がかかる。　この時シンペーの心は、水を打ったように静かだった。　不思議な時間だった。　もしかしたら気が遠くなっていたのかも知れない。　カウンターの上で両手を組み、一点を見据えるシンペー――　その周りで騒ぐ人々――　そしてついにその時が来た。　　つづく　

ゲロの瞬間、人は目を開けているのか、あるいは閉じているのか──　その瞬間シンペーの目玉はクルリとひっくり返り、白目を見せた。と同時に「うおおおおおお」と声を上げた。声と共に水割りと焼きそば、そしてコーラの炭酸が混ざり合い、逆巻く激流となって発射された。　「まさに波動砲のようだった」と目撃者はのちに語った。　第一弾が発射され、悲鳴と怒号が店内に響いた。　だがすぐにエネルギーが補填され、第２弾の発射準備が迅速に推し進められる。　アッチャンがそれを見て「シンペーこっち」とトイレへ引っ張っていく。　足がもつれる。　トイレのドアが到達できそうもないほど遠くに見える。　「あんな遠くまで、堪えられない」　失意と絶望がシンペーにのしかかる。　「天井が回っている。もうだめだ」　クルリと目玉がひっくり返り、第２弾が咆吼と共に発射された。　「キャー、早くトイレに連れて行ってー」　女の声が遠くに聞こえ、意識が薄れていった。　　つづく　　

真っ白い世界が、目の前に広がっている.。　右も左もすべてが真っ白の世界……　遠くで自分の名前を誰かが呼んでいる。　コンコンと獅子脅しの音が響く。　いったいここはどこだ。　まさかあの世というわけではあるまい。　だんだん意識が戻っていた。　頭が割れるように痛い。　肩と胸に強い圧迫感を感じる。　白い世界は目の前に広がったままだ。　『どうなっているんだ……』　足の感覚が戻ってきた。　どうやら跪いているらしく、膝が痛い。　目玉を動かしてみた。　視界の上部に黒っぽい物が見えた。　『？』　次の瞬間、それが自分のゲロであることに気がついた。　ようやく便器に顔を突っ込んでいる自分に気づいたシンペーは、ゆっくり顔を上げた。　コンコンという音はアッチャンがドアをノックしながら、シンペーを呼んでいたのだ。　どうやって鍵を掛けたのか自分でも分からないが、トイレに閉じこもっているようだ。　気を失って、どれくらいの時間が経過したのだろうか。　立ち上がると、頭痛と目眩と吐き気が同時に襲ってきた。　　つづく　　　　

シンペーがバイトを終わり、勇んで出て行ってから約１時間が経った頃、Ｉケナガ君やＵミキなどアッチャンと一緒に行ったメンバーが、ブツブツ言いながら帰ってきた。　「えらい早いやないか、シンペーそっちに行ったろ？」　「もうたまらんちゃ、駆けつけ３杯飲んで、焼きそば掻き込んで、コーラ飲んでそのままゲロったとですよ。俺たち掃除させられましたよ」　「アッチャンは？」　「タクシーでシンペー送っていきました」　シンペーの家はＫホ町のはずれのはず。　かなり距離がある。　飲み代奢ってやって、ゲロられて、タクシーで送らせられて……　どんな怒った顔で帰ってくるのだろう──　　しばらくしてアッチャンが帰ってきた。　その顔は以外にも嬉しそうだった。　「村長さん、シンペーを家まで送ったら、お姉ちゃんが出てきて恐縮して謝られたとですよ」　「ああ、Ｍリちゃんか」　「Ｍリさんっていうんですか、カワイイですね。明日からシンペーにボクのこと『お兄さん』て呼ばせよう」　「……」　捨てる神あれば、拾う神あり。　終わりよければすべてよし。　なんでも前向きに考えるアッチャンに挫折はない。　　つづく　

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