作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　かおすけの章”１２”

少し飲み屋の形態について話がしたい。　酒を飲む時の華やかさを求めるのは、神世の時代から変わらない。　音楽、踊り、歌、そして女……。　酒の席での女は、自分が今いる現実の世界以外からやってきた、異世界の女がいいとされる。　国々を渡り歩く白拍子などがそれだ。　義経の恋人の静御前が、白拍子であることは有名だ。　時代は下り、江戸時代になると吉原や岡場所など、管理された場所で遊ぶようになった。　日本舞踊やお歌い、お囃子など、現在芸術として評価される習い事は、この時に徹底的に磨かれた。　明治になって遊郭などを廃止したため、一部の男だけを楽しませていたこれらの芸事が、解き放たれた芸者達の手で、世間一般に広がっていったのだ。　さらに時代は下り大正のデモクラシー、昭和のモダニズムが飲み屋を変える。　　つづく　

関東大震災を期に、今まで和服だった女性の服装が変わった。　洋服を着て、髪型もパーマネントをかけ、帽子やパラソルをモダンに着こなす若者が出てきた。　モダンボーイとかモダンガールと呼ばれた人達だ。　モボ族とかモガ族と言われた人たちに、芸者遊びは似合わない。　出てきたのはカフェというスタイルの店だ。　このままいけば、日本はファッション王国になっていただろう。　しかし戦争が、その芽摘んだ。　やがて終戦とともに、アメリカからジャズがやってきた。アメリカはマンハッタン島のハーレムにコットンクラブという、ビックバンドを聞かせる店で進化したジャズは、アメリカのショービジネスと店舗形態を一緒に運んできた。　その一つにキャバレーがある。　　つづく　　

オーケストラとダンサー、女と酒。「華やかきことこの上なし」といった、男にとって夢のような世界が、一歩、店に足を踏み入れた先にあるのだ。　このキャバレーのオイシイ部分だけを切り取って、クラブ、バーという小規模の店を作る者が現れる。　クラブとは女と生演奏を取り入れた形態で、その名の通り、選ばれた者だけという高級感を打ち出した。　街の実力者や権力者が通うサロンを目指したもの、それがクラブと言える。　これよりレベルを下がる、バーというスタイルが出来た。　バーはもともと、カウボーイが馬を繋ぐバーから来ている。　荒くれどもが無茶飲みするシーンが、よく映画で描かれている。　そこまで酷くないにしろ、日本のバーはすぐに吹きだまり的なものになり、場末の饐えた雰囲気と、自堕落な女が、下品な客やチンピラと一緒に馬鹿笑いする、飲屋街の暗部に位置するようになった。　　つづく　　

このバーで働く女が独立して、一軒の店を出すとしたら、のれん分けのような関係が生まれる。　世話になった店の顧客を引っ張っていく事になるからだ。　飲屋街で仁義を欠くような行為は、絶対に避けなければならない。　「仁義を知らない女がやっている店」の烙印を押されたら、客の足が遠のいていく。　仁義を知らないとは、客の秘密を守れないの同意語で、大人の遊びができない店となるのだ。　そこで働く女達も、自然と離れていき、村八分のような状態になったりする。　そんな煩わしい関係を断ち切るには、全く違う形態の店を作る事が必要になる。　このニーズがスタンドバーという、カウンター越しに接待をする店への進化？をうながした。　そこからスナックへ移行するのは、ごく簡単な事だった。　　　つづく　　

スタンドバーの色を残しながら軽食を出すスナックは、比較的少ない資金で開店できる。　それにバーのように過剰な接待を必要としないので、手料理が出来て、ちょっと気が利いたお姉さんなら結構やっていける。　さらにはカラオケなるものが普及して、接待などどうでもよくなった。　そんなこんなで雨後の竹の子状態でスナックが増えていった。　当然働く女の子が足らなくなり、買い手市場で賃金がアップする。　そこに女子大生やＯＬのアルバイターが参入し、カウンターレディーというオミズっぽくないネーミングが編み出されたりして、かつての「夜の女」といった妖しくも切ないイメージは影をひそめていく。　こうして男の世界であった盛り場は、スナック登場ですっかり毒を抜かれ、女性の社会進出も手伝って、お父さんの最後の砦「屋台」までもが清潔で爽やかなフードショップになっていったのである。　　つづく

いくらスナックが、素人でも気軽に遊べるようになったとはいえ、まだ１０代のシンペーには堪えきれないほどの刺激だった。　色とりどりのネオンと電飾看板の煌めきが、目的のスナックまでの道をデコレーションしている。　行き交う酔客の群れを縫うように、シンペーは足を運ぶ。　「ありがとうございましたぁ」の声とともに道沿いにあるスナックのドアが開き、酔客が吐き出され、カラオケの音が通りに溢れ出す。　ドアは閉まると、くぐもった女の嬌声と笑い声が、淫靡な響きを含んで漏れてくる。　『きっと、きっと、あの中でイイ事があってるんだ』　そう考えただけで、下腹部に血の沸き立ちを感じるのだった。　　つづく　　　　

ゴージャスなドアの前に立った。　中からカラオケの音が聞こえ、上手いのか下手なのか分からない、妙な声色を多用した男の声が漏れてくる。　そっとドアを押す。　「いらっしゃいまっせー」　意味もなく元気のいい女の声が、シンペーに向かって投げつけられた。　恐る恐る店内を見渡すと、「おー、シンペー来たか」とカウンターから酔った者特有の、これまた意味なくでかい声が次々にあがる。　お立ち台のような所で歌っているのはＩケナガという男だ。　店内はアッチャン達の貸し切り状態で、他に客はいなかった。　　つづく

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