作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　かおすけの章”１１”

Ｔオルをトランクに詰め込んだヤースケは、「それじゃ、送ってきます」と軽い感じで私に告げ、テールランプの光の残像がつくる筋を残して走り去った。　しばらく遠ざかるテールランプを見ていた私は、トランクの中でごろごろ転がりながら、悲鳴をあげるＴオルの姿を想像した。　明かりの届かぬ暗黒の空間でＴオルは、自分のしでかした事を、悔い改めているだろうか──。　それならそれで良い。　しかし、トランクの中でゲロっているとしたら、それは最悪の結末が待っている。　自分のゲロの海でごろごろと転がり続けなければならないからだ。　そうなればきっと、焼き鳥と剣菱超特級の味と香りの記憶を、その心と体に深く刻み込むことになるだろう。　　つづく　　

男が青春の門をくぐり、一人前になろうというとき、しばしばこうしたゲロ話が無垢な男達にまとわりつく。　ひとくちにゲロといっても、様々なタイプがある事を体験で知るのもこの時期だ。　タイプというのは飲んだ酒の種類のことで、たとえばウィスキーとビールとでは、全く違う飛び方をする。　Ｍボチャンが二十歳の頃、ビールでゲロった話が典型的だ。　同窓会でしこたまビールを飲み、次の店へハシゴしようと飲屋街をそぞろ歩いていた時のことだ。　Ｍボチャンの胃袋は氷のうのようにビールで膨れ上がり、両脇を同級生から支えてもらわなければ、真っ直ぐに歩けない状態になっていた。　　つづく　

Mボチャンの両腕を抱える同級生は２人も背が高く、傍目から見るとMボチャン等３人の姿はまるで、「捕らえられた宇宙人」という、一説にはチンパンジーの毛を剃って、そう見せているともいわれている謎の写真のようだった。　自分を支えてくれている両脇の同級生と、会話を楽しむMボチャンのテンションは高い。　気分は最高だった。　酔いにまかせて馬鹿笑いをくり返しているうち、飽和状態の胃袋からビールが逆流してきた。　ビールはMボチャンの笑い声に合わせてピュッピュッと吹き出し、かなりの飛距離で次から次に飛んだ。　それが可笑しくてまた笑う。　笑うとまた飛ぶというふうな状態になり、Ｍボチャンは笑いながらビールを飛ばす、奇妙な生物と化したのだ。　「ビールのゲロはよく飛ぶ」　これがこの時に得た、Ｍボチャンの教訓だった。　　つづく　

ゲロのことは英語のスラングで「ピューク」というらしい。　勢いのある言葉だ。　おそらくビールでゲロったときに派生した言葉だろう。　Ｍボチャンの歩きゲロは、このピュークという言葉に値する。　ゲロ話で欠かしてはならないのがもう一人、ピューキーな男、シンペーがいる。　かおすけ達より２才ばかし年下のシンペーが、ちろりん村のバイトに入るようになったのは、卒業シーズンの春だった。　かおすけの世代が高校を卒業したのが、その年だ。　したがって、シンペーはこの時、まだ現役の高校生という事になる。　　つづく

かおすけの同級生にアッチャンという男がいる。　ソフトな語り口と面倒見の良さは、今後の男としての可能性を感じさせた。　事件のその夜は、アッチャンの面倒見の良さが最大級に発揮された日でもある。　卒業の打ち上げと称して、アッチャンとウミキ、イケナガ君など４人ばかりで、スナックに行こうという事になった。「ボクのお母さんのボトルがあるから、そこに行こう」とアッチャンが提案したのだ。　高校卒業してすぐにスナックというのも、ちょっと飛びすぎであるが、彼らにとって青春の門をくぐるための、大切な第一歩であった。　　つづく　

アッチャンがシンペーに言った。　「バイトが終わったら、おいでよ」　何もかもが珍しい年齢のシンペーにとって、この言葉は悪魔の囁きだ。　バイトが終わるまで、残すところ１時間ほどの時間の長さが、いきなり数倍に感じる。　『すなっく』　なんと淫靡で、淫らで、スケベそうな響きだ。　シンペーはこの時、持ち合わせたわずかなＨ情報のすべてを、頭の中で駆けめぐらせた。　『すなっく』　もう一度口の中でくり返す。　バーとかキャバレーなどにない響き、素人っぽさが「もしかしたら、イイことがあるかも」という期待感を刺激する。　実際スナックが出来た当初は、バーやキャバレーなどで遊び飽きた、つまりオミズのプロ相手に食傷気味になっていた大人にとって、エプロン姿の素人おねえさんは、まさに清涼飲料水のようだった。　　つづく

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