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作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　かおすけの章”３”

かおすけは瞑想に入った。　彼の記憶の襞｛ひだ｝からトロトロと溢れ出す、とっておきの場面の数々。　その中でも近頃、特に奮い立たせてやまないアツアツのシーンを、記憶の引き出しから選び出した。　かおすけの妄想の世界で、悩ましげな視線を投げ、成熟した肢体をくねらせる『おんな』……。　はち切れそうな乳房を見せつけ、かおすけを挑発する。　半開きの濡れた赤い唇から、淫靡｛いんび｝な意味の言葉が零れた。　突如、かおすけの中の『おとこ』が方向性を持った。　一度動き出した流れは、渦巻く濁流となって一点に集中していく。　合流をくり返す濁流は、山津波ほどの破壊力を持って、袋小路へ激突した。　この激しい流れを止めるなど、若いかおすけに出来るはずもなかった。　　つづく　　　

行き場を失った激流は、周囲の壁を押し広げていく。　押し広げられた袋小路に向かって、さらなる激流がなだれ込む。　かおすけの意志を全く無視した男の悲しい性が、局部に止めようのない変化をもたらし続ける。　もし、かおすけが少しばかり冷静であれば、妄想の場面のチャンネルを変え、後に証人喚問で「反省」をすることになる、とある人物の顔を思い浮かべる事もできたはずだ。　いや、そのような高度なコントロールは、童貞の身ではまだ無理な話か。　こうして極限に向かうかおすけの○ンコに、恐怖のカタストロフィー（悲劇的な結末）が訪れた。　包茎手術の傷口が開いたのだ。　　つづく　　

包帯で巻かれた○ンコが、出血している。　かおすけは呆然となった。　当然の結末を迎え、自分のあまりの考えのなさに、悲しくさえなった。　そして、分かり切ったこの出血の理由を、冷ややかな目をした看護婦に問いつめられる時が、やがて確実に来ることを考えると、このまま黙っていようかとさえ思う。　だが、皮を切断した傷口の大きさは、かおすけの甘い考えを許さなかった。　包帯が鮮血で染まり、滴り始めた。　事ここに至ってついに観念し、看護婦を呼んだ。　事が事だけに『後悔先に立たず』などと、どうしようもない駄洒落が頭をかすめる、かおすけだった。　　つづく　　　

かおすけには、こうした軽率な行動を取るところがあって、その後もひんしゅくを買うことが多々あった。　かおすけの似合わなかったエプロン姿が、ようやく様になってきた頃だった。　奴がマンガのようなことをしでかした……。　その日、店内は大勢の人でごった返し、かおすけも額に汗しながらよく働いていた。　店の一番奥のテーブルにはＫ高校のクラス会らしく、二十歳ほどの団体客が集合していた。　次々に集まる友達に向かって歓声を上げ、懐かしさを楽しんでいる。　かおすけと私は、別のテーブルから入るオーダーをこなし、さらに奥の団体のオーダーも無事こなし終えた。　ようやくひと区切りついた感じだ。　そして働き者のかおすけが、シンクにたまっていた食器の洗い物を始めた。　その時だった。　ドアの鈴を鳴らして、一人の新客が入ってきた。　　つづく　　　　　

新客は若い男だった。　背が比較的高く、社会に出てまだ間がないといった風の、スーツの着こなしだ。　私はその男に見覚えがあった。　高校時代から、たまに顔を見せていたからだ。　男は急いで来たらしく、走り込むように店内に足を踏み入れた。　その仕草で奥のグループの一人だと察する事が出来た。　こういう仕事をしていると、人の仕草や表情で、男女の事情や職業、果ては性格まで分かるようになる。　しかし、かおすけには、それだけの経験がまだない。　そしてかおすけ持ち前の軽率さが、その事件を引き起こす。　男が奥の方を透かし見ている後ろ姿を見て、「あっ！」と声をあげたかと思うと、何を思ったか、いきなりトレーを手に持ち、「テツオー！」　と声をあげながら男に駆け寄っていった。　かおすけの行動が、あまりに唐突だったために、私は棒立ちしたまま目で追うしかなかった。　その直後、かおすけがとんでも無い行動に出た。　　つづく　　

男の姿勢は奥を透かし見るために、後頭部をこちらへ向けた状態…、顔が見えない状態だった。　かおすけはその男に向かって「テツオー」と、もう一度叫んだ。　「何しよったんかー、テツオー」そう連呼しながら、男の後頭部を持っていたトレーで連打し始めた。　乾いた音に混じって、かおすけの声が聞こえる。　「久しぶりやんかー」　その言葉で私は、かおすけが大変な勘違いをしていることに気づいた。　かおすけには「テツオ」という同級生がいた。　テツオとは私も面識がある。　たしかに背格好は似ているが、間違えるほど似ているとは思えない。　それをここまで勘違いするとは……。　まさにこれが、かおすけの軽率さの真骨頂だ。　この信じられない光景を、いかんともすることが出来ない私の目の前で、嬉しそうな顔をしたかおすけが、店のトレーを振り上げ、赤の他人の後頭部へ向けて、盛んに連打している。　嗚呼なんということだ！　神よ！　助けたまえ……。　　つづく

男は男で、自分に降りかかった災難を、どう理解していいのか分からず、奥の方を見つめたまま体を硬直させていた。　いきなり板のようなもので、「何しよったんかー」と叫びながら、自分の後頭部を叩き続けている暴漢が、真後ろにいる。　――何者なんだ……　殴り続ける力の感じでは、命まで奪おうという感じではない。　だが、店内に響き渡る打撃音、さらに繰り出される連打の早さからして、両手で板を持ち、殴り続けているに違いない。　――通り魔……？　もしそうであるなら、　ここでいきなり振り返って相手を刺激するのも、事態をさらに悪化させる事になりかねない。　かといって、このままじっとしていては何の解決にもならないし、痛い。　それに第一、恥ずかしい。　『どうしたらいい……』　男は決断した。　相手を刺激しないように、ゆっくりと振り返ろうと……。　　つづく　

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