作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　かおすけの章”１３”

誘われるままカウンターに座ると、「駆けつけ３杯！」などと言われて、ウィスキーが出された。　カウンターの中でママと呼ばれているおばちゃんが、真っ赤な唇をすぼめ、大量の笑い皺をつくってシンペーを見る。　それが色っぽいと感じるまでシンペーには、さらに１０年の修行がいった。　なんだか消化の悪いものを見た気がして、喉の辺りが酸っぱく感じる。　それを流し込むように出された水割りを一息で開けた。　拍手が起きる。　気分がハイになってきた。　何杯でも飲めそうだ。　大人の仲間入りができたと実感した。　２杯目も軽くいけた。　３杯目がママの手で差し出され、「強いのね」とほめられた。　　つづく

アルコールで胃が刺激され、無性に空腹を感じる。　３杯目を飲みながら、メニューに目を落とす。　想像もつかない名前が並んでいる。　「アタリメ」？……　なんだろう。　「エイ」って、あの平っぺったいやつか。　と、知ってる名前にシンペーの目が止まった。　「焼きそば」　これなら腹は太るし、とんでもない物が出てくることはない。　シンペーは人差し指を立て、ママに向かって焼きそばを注文した。　　　つづく　

マイクを握りしめたＩケナガという男が歌っている。　洞窟で歌っているようなエコーが掛かり、上手いのか下手なのか判断できないが、自分の歌に陶酔しきっていることが見て取れた。　眉根を寄せて、切なそうに上へ持ち上げている。　マイクの握り方がオカマっぽい。　そうこうしているうち、鉄板に盛られた焼きそばが湯気を上げながら出てきた。　どうでも良いことだが、早食いには自信があった。　慣れた手つきで割り箸を割り、鉄板を手元に引き寄せ、啜り上げる音も高らかに、貪り喰らい始めた。　　つづく

味が異様に濃く、喉が渇く。　「コーラ！」　出てきたコーラを一気飲みした。　残りの焼きそばを掻き込む。　また喉の渇きが、シンペーに２杯目のコーラを注文させた。　それを３分の１飲んだところで、胃袋に異変が起き始めた。　炭酸が焼きそばを掻き分け、食道に向かって上昇してくる。　「ガーーフッ」とノドチンコを震わせて炭酸を放出した。　いくらか楽になったシンペーは、残ったコーラを見た。　飲めなくはないが、飲みたくない気持ちの方が強い。　しかし、注文した物を残してしまうような躾は受けてなかった。　「食べ物残したら、バチが当たるバイ」と厳しく育てられてきたシンペーの体は、体調に関係なく、出された食物を胃袋に入れてしまう体質になっていた。　　つづく　　

残りのコーラをシンペーが飲み干した時、コーラの炭酸以外の何かが、そのエネルギーを充填させ始めていた。　内部で何かが蠢き、着実に増殖している。　『何が起こっているんだ』　シンペーは目を閉じ、その正体を探った。　水割り３杯と焼きそばと２杯のコーラが、胃袋を膨らませているのは分かる。　しかし、今増大しているエネルギーはもっと別物──　生まれてから経験したことがない感覚──　シンペーの想念は、さらに深部へと向かう。　　つづく

胃袋の中でわずか３０分の間に流し込んだ物が、激しく対流している。　それと共に横隔膜が、等間隔の痙攣を起こす。　痙攣する度、胃袋が持ち上がり、その衝撃でゲル状の内容物が出口を求める。　得体の知れない不快感……　高まっていく吐き気……　額にうっすらと生汗が浮かび、首筋に冷や汗が流れ落ちる。　心拍数が上がり、呼吸が乱れだした。　シンペーの異常に気づいたのはママだった。　「キャー！　この子、吐くとやないね！」　その冷たく蔑む叫び声にシンペーは、自分がどうしようもない立場に追い込まれているのを感じた。　『どうしたらいいんだ――』　始めての経験に戸惑い、とにかく逆流を堪えることに、彼の持てる全エネルギーを注ぎ込んだ。　　つづく

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