作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　かおすけの章”５”

山崎……。　素っ気ないながらも、なんとも自信ありげなネーミングではないか。　値段の方も、国産のウイスキーの中ではトップクラスだった。レッドと比べれば１０倍の値段がついている。　当然、味はレッドなどとは比べものにならない。　熟成されるために必要だった、永い永い時間をたっぷりと取り込んだ山崎は、蜜のようなとろみと、地熱のような刺激を合わせ持つ最高級のウイスキーだった。　この高級ウイスキー山崎をヤースケが手に入れて、ちろりん村に持ち込んだ。　ボトルは筆書きの漢字「山崎」と大書されている。　斬新な中にも勢いを感じるデザインだ。　『至福の時間』がボトルの内側で揺れていた。　だがこの至福の時間は、若い奴らには与えられなかった。　早い話、ヤースケと私で飲んだ。　「どうせ、アレ達に飲ませたっちゃ解らせんですよ」　全く同感だ、と私は頷き、グラスに注がれた至福の時間を飲み干した。　　つづく　　

一口飲むたびに「旨い旨い」と、我々を唸らせた「山崎」……、ヤースケによって大事に取り扱われていた「山崎」が、ついに飲み干された。　空っぽのボトルが、カウンターの上で虚空を見つめている。　魂が抜けたような、虚脱した表情のヤースケが「山崎」のラベルを見つめる。　私は成熟した男の顔を、そこに見た。　それはちょうど、剣豪などが型を見せるときに「残心」という、精神に真空を作る瞬間に似ている。　ボトルを弄ぶ指が、「山崎」の文字をなぞる。　何かを考えているようだ。　その思考の内容をうかがい知ることは、誰にもできない。　やがて沈黙を破り、ヤースケが口を開いた。　「ちょっと、レッドを買ってきます」　くわえ煙草のヤースケがドアを開け、ゆっくりと出て行った。　　つづく　

「こうやってですね、アレ達に飲ませるとですよ」　買ってきたレッドを、山崎のボトルに詰め替えながらヤースケが言う。　ちょっとしたイタズラでも、ヤースケは手を抜かない。　飲みもしないレッドをわざわざ買ってきて、かおすけ達を騙そうというのだ。　イタズラの達人はここの部分が違う。　仕掛けが大きければ大きいほど、笑いも大きくなる。　逆に小手先のイタズラはひんしゅくを買ったり、恨まれたりと、心の清涼飲料水になることができない。　イタズラとは実に奥が深いものなのだ。　例えて言うならば、それは舞台の大道具の仕込みにも、手品のネタ仕込みにも似ている。　そしてこれらに共通していえるのは、仕掛ける側にはそれなりの、才能とセンスが必要になるということだ。　　つづく

小道具は完成した。　偽山崎は所定の位置に置かれ、獲物が来るのを待つ。　手間と暇と忍耐をこれほど必要とし、それを厭わぬヤースケだからこそ、このイタズラは成り立っている。　それはまるで、回遊してくる魚を釣り上げようと、糸を垂らしてひたすら待つ釣り師の姿、そのものだった。　それもルアーやフライといったタイプの釣りではなく、微妙なウキの動きを見つめる、フナ師といった感じだ。　回遊してきたのはTオルだった。　慌ててはいけない。　ヤースケは漫画本に目を落とし、じっくりとタイミングを待った。　「あっ！ヤースケさん、こんちは」　Tオルが軽く会釈をしながら、カウンターの椅子に腰を下ろした。　ハッとした面持ちで、漫画から視線を外す。　「おー、Tオルか」　ヤースケの役者ぶりが発揮され始めた瞬間だ。　　つづく　　　

「どうや？　学生生活は」　大学に通い始めたTオルに、ヤースケが世間話を始めた。　刑事の取り調べの手口そのままに、相手の警戒心を解いていく。　「はい、面白いです」　「そうか、遊ぶばっかりじゃないで、学業を忘れたらいかんぞ」　「わかってますよぉ、でも今は遊びの勉強中です」　自分でもウイットの効いたセリフだと思ったのか、そう言うとTオルははじいたような笑い声を上げた。　ここにきてヤースケが、布石の一つを打つ。　「酒はまだ飲めんめえ」　この一手に、Tオルが食い付いてきた。　「酒？　飲みますよぉ！」　この年齢特有である、背伸びをしたがる心理を、ヤースケが巧みに突く。　「甘い酒とかビールじゃないとか？」　「ち、違いますよぉ。ウィスキーとかよく飲みますよ」　ついにヤースケの仕掛けた地雷を、Tオルが踏んだ。　　つづく　

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