作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　かおすけの章”６”

酒、煙草、筆おろしなどの、大人へのステップを踏んだ、いわゆる「青春の門」をくぐったばかりの男は、子供あつかいされると呆れるほどムキになるものだ。　覚えたてのエッチ技を披露中、相手の女性から笑われ、以来女性恐怖症になった男の話とか、最悪、殺人まで発展した例などがある。　女性は気をつけて欲しい。　同じ男であるヤースケは、そのあたりの心理をよく心得ている。　Ｔオルはヤースケのトラップに完全にかかってしまった。　「ほー、ウィスキーやら飲むんかぁ」　「はい」　「ばってん、味やらわからんやろ」　「わかりますよ、ウィスキーはしょっちゅう飲んでますから」　「ん〜、男やね！」　いよいよ最終トラップをＴオルが踏む。　　つづく

「あんな男に私はなりたいと、人様に言われる男にならないかんぞ」　「はい」　一つ、大きく頷くとヤースケは、山崎のボトルを丁寧に取り出した。　「これ、なんか知とうや」　ヤースケに山崎のボトルを見せられたＴオルは、頬を紅潮させ、期待感をモロに表す顔をした。　「それ、山崎やないですか。すげー」　声をひっくり返すＴオルに、もしも尻尾があったら、この時千切れんばかりに振りまっわしていただろう。　「ウィスキーを飲みようちゅうても、レッドとかやろ」　「なんがですかぁ！　レッドやらまずくて、喉を通らんですよ」　「それが分かるちゃ、たいしたもんたい」　「口に入れただけで分かります」……。　【言わずもがな】　（「がな」は願望の意を表わす助詞）　『言葉に表わさないほうがいいと思われること。言わでもの事』　この言葉をメダルにして、Ｔオルに進呈したい。　　つづく

「それだけ味が分かる男に飲まれたら、この山崎は幸せもんばい」　そう言ってボトルに目をやったヤースケの、山崎を愛おしむ表情はブルーリボン賞ものだ。　Ｔオルはすでに山崎を飲むことができるとの思いから、やたら喉を動かし、唾を飲み込んでいる。　「味見してみるか？　Ｔオル」「いいんですか？！」「よかたい。Ｔオルが男になったお祝いたい。ロックでよかろ？　まさか水割りにするやら言うなよ」「ロックでいいです。いつも飲み慣れていますから」「といっても、どうせ安酒ばっかり飲みよるとやろ。今日は本物のウィスキーを味わうがよかよ」　ファッショングラスに入れられた氷の上に、ヤースケは「山崎」を垂らした。　Ｔオルはその様子を、じっと見つめていた。　　つづく　

かち割りの氷はグラスの中で、クルリと回転して弾けるような小さな音を立てた。　『ロック』、岩と名付けられたこのスタイルは、沈む夕日に輝く、岩山をイメージしたネーミングだという。　名付けた人間のセンスの良さに感心させられる。　カウンターの上を、琥珀色に揺れる「山崎」が…、ロックが滑る。　Ｔオルが「山崎」を手に取った。　色と香りを品定めする手つきが、なかなか様になっている。　一度、唇を舐め、Ｔオルはグラスを口に運んだ。　口の中に「山崎」が流れ込む。　眉をわざとらしく寄せ、それを飲み込んだ。　「どうや？」　ヤースケが間髪入れずに聞いた。　　つづく　

食道を流れるウィスキーの動きが、Ｔオルの仕草を通して、透かし見えるようだ。　やがてウィスキーは胃袋に落ち込み、胃壁に染み渡っていく。　もう一度Ｔオルは唾を飲んで、声を絞り出した。　「カー、やっぱ、山崎は違うっすねぇ」　といった後、独り言のように「やっぱ、山崎は違う」と、つぶやいた。　──完璧だ！　私はヤースケの手並みに息を飲んだ。　並の男であれば「ははは、ひっかかった」　と子供のように囃し立てるところだろう。　だがヤースケは表情を崩さない。　「わかるか、違いが」　そう言ってボトルを突きだし　「もう一杯いけ」　とうながした。　　つづく

「はっ」　うやうやしくグラスを捧げ持つＴオルの表情は、もう一杯「山崎」が飲めることで、完全に頬が緩んでしまっていた。　美味そうにグラスを口へ運ぶＴオルに、３杯目の「山崎」を注いでやると、ついにヤースケはトドメを刺しにかかった。　「どや？　山崎の味は。レッドと変わらんやろ。これからは大人しくレッドを飲むことやな」　「なんがですかぁ！　レッドと全然違いますよ。レッドは、やっぱレッド。山崎には逆立ちしても勝てんです」　「Ｔオル、その山崎、美味いやろ？」　「はいっ、メチャクチャ美味いっす」　「そしたら、レッドを飲めって」　「は？」　「その山崎、美味いとやろ？」　「はいっ、美味いっす」　「だったら、そのボトル、持っていっていいぞ。なくなったらレッドを買ってきて、詰め替えろ」　「？？？？」　「その山崎、中身はレッドて」　「へっ？？？」　「それ、レッド！」　どう表現したらいいだろう、その瞬間の、驚きとも絶句ともつかないＴオルの表情は、芸術的だった。　　つづく　

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