作　やーすけ・梅太郎
ハードボイルドソーセージ小説　筑豊残侠伝【ちろりん村人間模様】　かおすけの章”７”

軽率なかおすけが事故を起こした。　居眠り運転の末、信号待ちの車に、軽いオカマを掘った。　普通ならタダではすまない。　相手が愚図れば、些細な傷の修繕、むち打ちがどうのこうのと、いつまでも続く通院、最悪入院までされてしまうこともある。　文句を言おうにも、相手が完全に停車した状態のオカマは、問答無用で掘った方が悪い。　ところがこの事故、お咎めなしで終わった。　相手が悪質じゃなかったこともあろうが、それにしても信じがたい話だ。　備えあれば憂いなし！　読者の皆様も、このかおすけの話を、まさかの時ための参考にしていただきたい。　　つづく　　　　

かおすけが事故を起こしたのは、ある年の元旦。　年明け間もない、夜明け前のことだった。　働き者のかおすけは、年末まで店に入って仕事に明け暮れ、その後、友達と日の出を見に行った。　かおすけは、中古ながらも初めて買った、黄色が派手なフォルクス・ワーゲンの、独特のエキゾートノイズを楽しみながら、どこかの海へ出かけたのだという。　海からの日の出を見るというからには、行橋方面であるはずだ。　ついでに老婆心ながら、これから海からの御来光を見ようという機会があった時、気をつけていただきたいことがある。　これは実際にあった話だが、御来光を拝みに彼女と志賀島へ行った、間抜けな男がいる。　志賀島は西北に延びた岬だから、夕日を見るのに絶好の場所であって、朝日には向かない。　もし北から日が昇れば、話は別だが……。　男の元を彼女が去ったのは、それから間もないことだったという。　つづく

「初日の出を見に行こう！ツーリング」を最初に始めたのは、やっぱりＭボチャンだった。　そのツーリングは慣例化し、毎年、ちろりん村に集結したツーリング希望者は、大晦日から年明けまで、時間をつぶした。　最初の頃は、Ｍボチャンのレビン１台で出かけていたのが、だんだんその数が増えていき、ついには一大イベント化していった。　そうなると、車を自慢したくなるのは、悲しい男の性だ。　牛隈の賢などはブルーバードＳＳＳターボの後、衣装替えでもするように、次々と車を乗り換えていった。　そこにかおすけも参入を試みたが、かおすけがフォルクスワーゲンを買った頃は、すでにツーリングは下火になっていた。　それでも諦めきれないかおすけは、同世代の冒険野郎を集い、元旦に限らずツーリングを敢行するようになった。　もちろん女の子を誘うのは必須条件だった。　　つづく　

かおすけのツーリングチームは、当時爆発的に流行ったＭＡ１というジャンバーでユニホームを作った。　背中にはなんとかというチーム名を、シルクプリントで印刷していたようだが、どんな名前だったかは思い出せない。　「そらまめ」でないことは確かだ。　Ｍぼちゃんが始めた「初日の出を見に行こう！ツーリング」を、ここまで育てた努力の源は、当然かおすけの「女の子を誘いたい」というスケベ根性であることは言うまでもない。　ここまでくるとドライブテクニックにも、随分と自信がついたことだろう。　そこに隙が生まれた。　　つづく

初日の出ツーリングの帰り、猛烈な睡魔がかおすけを襲った。　車を運転手中に襲う睡魔……。　思考が熱を加えたバターのように、ドロドロと溶け出し、脊髄を伝ってシートに吸い込まれていく不快な感覚。　目的地が遠い場合、ちょっと路肩に止めて眠ろうという気になるが、あと１０分も走ったら到着するという、微妙な距離が危ない。　かおすけを襲った睡魔は、女の子を送っていこうとする、この距離を狙った。　「もう少し、あとちょっと」と自分を励まし、重力に従おうとする瞼を、懸命に持ち上げるかおすけは、体を起こした。　液化し、シートへ吸い込まれていく思考の粒子を止めようと、頑張った。　　つづく

体を起こしたかおすけは、これまでの経験からも十分ぐらいなら、この姿勢で睡魔に勝てると考えた。　だが地面にくくりつけられたガリバーのように、頭がシートへと引っ張られてる。　ブンブンと顔の廻りで乱気流が立つほど、激しく頭を振って眠気を払った。　一瞬、目は冴えるのだが振りほどかれた睡魔は、ゾンビのように蘇り、かおすけの頭を後ろに引っ張る。　その力に負けるまいと益々前傾姿勢を取り、フロントガラス一杯になるほど顔を近づけたかおすけは、ふとハンドルで顔を支えることを思いついた。　　つづく

デコで支えるのは視界の面で、どうも具合がよろしくない。　鼻は論外として、鼻の下の上唇はどうだ？　「痛い！」　鼻の下はどうやら急所らしく、ズッキーンと痛みが走る。　下顎をハンドルに乗せてしまうと不安定この上ない。　下唇はというと、「おー」　結構良い具合だ。　これが眠くならずに疲れない、最強の姿勢だ！　かおすけはその姿勢のまま、運転を続ける。　ラジオからはポップな音楽とともに、ハイテンションなＤＪが新年の挨拶を繰り返している。　助手席の女の子の家まであと僅か……。　『また一年が始まるか。だけど明日から、もうバイト。俺って働き者だなあ』　とか何とか考えるかおすけのワーゲンの前を、白いセダンが夜明けの茜空に向かって走る。　　つづく

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