ボルサリーノの講義は多岐の渡り、女性下着の構造についても、詳しく語られた。　「近頃のブラジャーのホックは、背中ばかりとはかぎらん。ワイの得た情報によると、フロントホックちゅうのが出た。メーカーはトリンプじゃ。いざその時になって、背中をまさぐりまわりよるようじゃ、アダルトにはなれんとじゃ」　この時代、女性下着は複雑化を始めていた。　それまでの肌着はババシャツと蔑まれ、盛大に生地を使用したズロースも、パンティーという、ズロースに比べたら着けていないに等しい布切れになった。　シュミーズと呼ばれたワンピース型の下着も、スリップに取って代わられた。　すべてが生地を余り使わない、言い換えれば体の線を露骨に晒す時代になってきたのだ。　そうなれば、理想の体型をキープするために、細工を施した下着が生み出されるのも必然であろう。　　つづく　

その昔、コルセットという装着者にとって、拷問器具に等しい下着があった。　くびれたウエストが美人の条件であった、中世ヨーロッパの貴族社会……　それは中国に於いての纏足｛てんそく｝と同じ種類のものだった。　纏足は成長期の少女に小さな靴を履かせ、成長を阻害して骨を変形させることで完成する。　逃亡を阻止するためという話は訊いたことがあるが、それだけではこのような風習は生まれないだろう。　チョコチョコと歩く姿が、あるいはサディスティックな男の支配欲を満足させたのだろうか。　コルセットは骨を変形させるところまでは酷くはなかったが、中には肋骨を取って限界に挑戦するレディーもいたというから、案外、骨を変形させるようなことはあったかもしれない。　美への情熱は今も昔も変わりないということだろう。　　つづく

このコルセットが現代に甦り、再び若き女性を苦しめるようになるのは、美への執着という魔物の復活でもあった。　『ボディー・スーツ』　──なんという排他的なネーミングだろう。　まるでガンダムのモビル・スーツのようではないか。　「指一本、わたくしのボディーには触れさせません！」と言わんばかりのネーミング。　実際、初期のボディースーツはアルマジロを彷彿とさせた。　膝下から手首までの躰すべてを、理想とされるシルエットに作られた型に詰め込むのである。　まさになんぴとたりとも、その下にある素肌に触ることが叶わない、完璧な鎧であった。　この完全無欠な理想体型に矯正するボディースーツに比べ、コルセットがウエストを絞りあげるだけである事を考える合わせると、コルセットはまだスキだらけの、不完全な矯正下着であったといえるのである。　　つづく　

さて、この無敵のボディースーツについては、ボルサリーノの部屋に集う、性の求道者達の間でも問題になった。　きっかけはアンドンと同じ、田川市からやってくる少林寺拳法部所属の男だった。　同じと言っても市内と英彦山の麓では、自然の占める割合が全く違うのだが、ここでは問題にしない。　だた田川からやって来る男に漂う『童貞のかほり』が、様々な諸問題を引き起こしているのだ。　その男達の中には「僕は結婚するまで、清らかな躰でいるち決めちょるんたい」と、童貞宣言をする者までいたくらいだ。　そしてこの少林寺の男も、田川童貞団の一人だった。　　つづく　

なぜ男が童貞であったと言い切れるのかは、のちにポツリと漏らした、この男のひと言から察することが出来た。　「あげん気持ちヨカとやったら、はよしちょきゃよかった……」　この言葉はどう考えても、「あのような素晴らしきエクスタシーを感じる世界が、この世の中に存在していたことを知らずに生きてきて損をした。非常に悔しい」という意味に解釈でき、一種のサル宣言とも取れる発言で、童貞男の性の目覚めという迫力さえ感じさせる言葉だった。　その少林寺の男が筆おろしに選んだお相手は、お手軽なプロなどではなく、ちゃんとした彼女であった。　プラトニック・ラブという言葉が、ちっともこそばゆくなかった時代の恋愛関係だったから、それまでの二人は映画や喫茶店でデートの時間を楽しむ、清い関係の交際をしていたのであろう。　　つづく　

だがしかし、世の中はフリーセックスなる言葉が飛び交い、テレビでは「処女であることが、花嫁の絶対条件」というこれまでの価値観について、左翼系の女性闘志が「男性優位の悪しき慣習」と喚いている。　「そうだ、そうだ」と賛同している男達──　その中のどれくらいの男が、スケベ心なしの純な思考でいられたのか──　少なくともテレビの前の私に、そのような高潔な精神は育まれていなかった。　処女であることが問題視されないとなれば「デキルかも知れない……」と考えてしまう脳。　この直情的な下心で、身も心もはち切れんばかりにパンパンになったものだ。　そしてその期待感は、私と同世代の男達にとって共通の、そして最大の願望へと変質していったのである。　　つづく