「よかかい？　ボディースーツは頭から被って、腕を通し、腹やら胸やらを納めるやん。　それば終わってから、尻んとこまで綺麗に入れるとじゃ。　そして最後に股ぐらの下で留めていく。　つまり、ボディースーツを脱がせるには、その逆の工程が必要な訳なとじゃ。　まず、股ぐらんとこの留めをはずす。　この部分にはボタンかホック、近頃はマジックテープが使ってある。　そのいずれであるかを指先で探知し、ゆっくりとはずしながらも、キスば忘れんごとせんばいかん。　やっぱ、他人から股んとこをはずされるんは、恥ずかしいもんじゃ。　そん、女心を分かってやらんばならん。　いつの間にか、留めがはずれちょったというくらい、スマートにせにゃ、本物のアダルトにはなれんとじゃ。　それに、女の下着はびっくりするほど高かとじゃ。　乱暴に扱こうたら、すぐに「スッカーン！」ち、ヘソ曲げられるとじゃもん。　そこのあたりのことは気をつけんばならん」　──現場をこなしてきたボルサリーノの説明は、感動的なほど実戦向きであった。　　つづく　

「股んとこがはずれたら、ここからが勝負なとじゃ。　ボディースーツの下を、チョビッとめくってするような、中途半端が一番いかん。　なんち言うたらいいかのう、プレゼントの包みの端を、チョビッとめくって中身を確かめるような、みみっちさに似とる感じかのう。　やっぱプレゼントちゅうもんは、包みを勢いよく破って中身を出し、歓喜の顔を見せるとがエチケットちゅうもんやろ。　ボディースーツも、それと同じなとじゃ。　脱がせる時には胸の所まで勢いよく、一息に剥く。　後は、ゆっくりと優しく、肩から取りはずしてやればよかとやん。　アダルトはボディースーツに立ち向かう時、こういうメリハリをつけきらんば、ならんとじゃ」　──どうであろう。　ボルサリーノの女性に対する心配りが、よく分かる解説ではないか。　　つづく　

一通りの説明が終わった。　それを反芻するようにアンドンが、ボディースーツを脱がす仕草を繰り返している。　「イチで股の留めをはずす。　ニでボディースーツの後ろと前をしっかり握る。　サンで一気に引き上げる」　動きひとつひとつをチェックするアンドンの姿は、柔道の有段者が自分の型を確かめているのに似ていた。　「これでいいんかい？」とボルサリーノに確認する。　「ん〜、ちょっとサンのところを力強くやらんば、ボディースーツは脱がすことがでけん。　なんちゅうたっちゃ、躰を締め付けるように作られた代物じゃから、舐めてかかったら失敗する。　そうやな、サンで片膝を立てて、腰ば入れんと脱がすことはでけんやろうな」　「片膝？　こうかい？」　アンドンが正座の体勢から、素早く片膝を踏み出し、同時に両手をすくい上げるような仕草をした。　　つづく

「おう、そうじゃそうじゃ。　それが基本の動作になるとじゃもん。　日頃から繰り返し、練習した方がよかつぜ」　本気とも冗談とも取れるボルサリーノの言葉を、アンドンはかなり本気で捉えたらしく、「こうかい！　こうかい！」とワンセットの動作が終わるたびに確認している。　「よし！　この動作はみんなで練習した方が、上手くなると思うとやが、どげかい？　みんなでやらんかい？」　と振り向いたアンドンのその瞳は、なにか素晴らしいことでも発明したかのように、興奮している。　そこにボルサリーノが合いの手を入れた。　「そうじゃのう、せっかくじゃからみんなでやるかい」　（なんでー？）と思ったが、拒否するほどのことでもないかと思い直した。　「掛け声はイチ、ニー、サンでいくぜ。　せぇーのぉー」　──全員の歯切れの良い掛け声が、アパートを揺るがす。　動きもぴったり合わさって、人前に出してもおかしくないほど呼吸が合ってきた。　これでボディースーツに出会っても、面食らうことはないはずだ。　　つづく　　　

あれほど熱心に研究したボディースーツだったが、ファッションの移り変わりは早く、時代はサーファーブームを迎えた。　ボディースーツなどを着用してデートする女性は、私の関知する限り、どこにも存在しなくなった。　むしろ、大胆に肌を露出するために考え出された、ヒモなしブラジャーなどが話題を呼び、必然ながらダイエット関連の記事が女性誌を埋めた。　アンドンが考え出した「ボディースーツに負けない体操」で鍛えられた技が、その後のアンドンの人生に於いて、どれだけの力を発揮したのか、定かではない。　雪のせいで後期の試験を受けられず、留年を余儀なくされたアンドン──　マユミには去られ、時間を持て余したアンドンは、もしかしたら英彦山の麓で、更なる発展型の美技を編みだしていたのかも知れない。　アンドンの事を書いていて、あの日の輝くアンドンの笑顔を思い出してしまった。　──「ありゃ、莫迦じゃもん」　ボルサリーノの奥深い言葉が、今も耳の残る。　　

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